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true tears SS第十一弾 ふたりの竹林の先には 「やっと見つけてくれたね」 比呂美は学校に復帰して、クラスメイトから歓迎される。 眞一郎は自転車で比呂美を乗せたトラックを追い駆けてから、話す機会がなかった。 蛍川での交流試合の翌日に比呂美は、メガネを掛けるようになった。 まだ何もできていない眞一郎は、ふたりの思い出の場所に向う。 第十一話の内容を予想するものではありません。 石動純は登場しませんが、展開上、名前は出てきます。 比呂美と眞一郎が急接近した記念に描いてみました。 『全部ちゃんとできていない』 全部と自分で言っておきながら、何かはわかっていない。 俺の台詞に比呂美は何も返さなかった。 それからあまり語る事無く、俺は自転車で比呂美のアパートをめざした。 到着してからは荷物を運ぶのを手伝ったり、ダンボールを開封したりした。 俺が触れると困るものがあったようで、軽く睨まれていた。 ダンボールの重さで、何となく想像できた。 比呂美は停学が開けて学校に来られるようになった。 クラスの女子が比呂美を囲んで、明るく迎え入れていた。 男子は何もせずに遠くから眺めているだけだ。 俺もそのひとり。 もともと比呂美が他の男子と親しく話している姿を見たことがない。 比呂美のために喧嘩したために、俺はますます学校でも話せなくなった。 ただ授業中に視線を向けるだけ。 比呂美は女子バスケでも復帰して、蛍川との交流試合でも活躍していた。 俺は三代吉と一緒に見ていた。 シュートをしようとした比呂美が、蛍川の選手と衝突した。 素人目でも比呂美だけを標的にしているようだった。 あいつと比呂美が付き合っているのが原因だろう。 あいつがうちのクラスの女子に人気があるなら、蛍川の女子バスケでも同様だ。 それからの比呂美は怪我をした様子はないのだが、精彩を欠いているようだ。 どうも仲間とのパスがうまくいっていなかった。 試合後には比呂美のそばで、黒部さんが気を荒げていた。 その理由を俺は翌日に知った。 比呂美が黒縁のメガネを掛けて登校してきた。 視力が悪いのを俺は把握していない。 俺はただ比呂美をあまり見ようとしなかった。 何か見てはいけないような気分だったから。 ますます比呂美を意識するようになった。 『比呂美の涙を拭おうと心の中で誓ったのに』 俺は比呂美のための絵本の制作に取り組んではいたが、少し煮詰まっている。 雷轟丸の絵本、踊りの練習、乃絵……。 他にも何かありそうだが、少しずつ達成してゆこう。 ようやくあの竹林に到着した。 幼い夏祭りに比呂美と歩いた場所だ。 竹林の中は一本道ではなくて、いくつか交差している。 俺はその中の一本の道を歩いている。 粉雪が舞っていて、とてもあの夜の夏とは異なる雰囲気だ。 目の前に他の道が現れた。 その道に出て左を見ると人影がある。 比呂美だ。 そういえばこの道は比呂美のアパートへと通じる道だ。 俺は声を掛けようとする。 だがうまい具合に言葉が出なかった。 遠ざかって行く比呂美を早歩きで追う。 比呂美の足取りはすばやくて、すぐにはたどり着けそうにもない。 まわりが竹林であるためか、人通りがなく不安なのだろうか? あのときのように塞ぎ込みたくないからだろうか? 俺は疑問を繰り返していた。 ようやく竹林を抜ける。 先には立ち止まっている比呂美がいる。 俺はただ近づくだけだ。 比呂美が振り返ってメガネを取る。 「やっと見つけてくれたね」 安らかで穏やかな嬉しさを湛えた顔だ。 比呂美の部屋で打ち明けてくれた仲上家に来た理由に重ねてくれてはいる。 比呂美が望んでいるものすべてではないのだろう。 まだ何もしてやれていないから。 今は深く考えないようにする。 「よくわかったな、俺だと」 雪を踏む足音だけでは区別が付かないだろう。 「バスケをしていると、気配が読めるようになるの。 それに一年以上も同じ屋根の下にいたから」 あたかも当然のごとく口にした。 「そうだな」 「そうだよ」 短い返答の後に、俺は比呂美の右手にあるメガネに注目する。 「さっきどうして取ったんだ?」 率直な感想に比呂美は右手にかすかに力を込める。 「恥ずかしいから……」 上目遣いで訴えてきた。 「学校では堂々としていたよな」 俺の推察に、比呂美は上唇を噛む。 「今は違うし、メガネがなくてもいられるから」 「何でメガネを掛けるようになった?」 漠然とした解答はあるのだが、外したくないので訊いてみた。 「試合中にコンタクトが破れたから。 替えのものが今はないし……」 やはりあの蛍川の選手との接触が原因だった。 俺は詳しく訊かない。 予想どおりだったから。 「できればメガネを掛けてくれ」 俺はまだ比呂美のメガネ姿を真正面から見ていなかった。 理由がわかれば今の比呂美を受け入れてあげたい。 学校では横顔が限度だし、仲上家では比呂美と会えなくなった。 「何でそういうことを言うのかな? 今までメガネを掛けようか、さんざん悩んでいたのに。 仲上家でもコンタクトを付けるのには時間がかかるから、 いつも自室で付けたり洗ったりしていたんだよ」 俺の知らない比呂美がいた。 比呂美が俺の部屋に来てから、絵本の原稿を見たときと立場が逆転している。 「洗面所を占領したくなかったんだな。 気を遣わせて悪い」 仲上家で小さくなっていた比呂美に詫びた。 「違うの。眞一郎くんに見られたくなったの。 コンタクトを付けるときって、鏡に近づいて大きく見開かないといけないわ。 左手の人差し指にコンタクトを乗せて、右手で右目を上に開いてから近づけるの。 眞一郎くんがそばにいると、うまくできそうにないから」 実演をしながら説明してくれた。 左手の動きが震えていて、コンタクトをしていない俺でも成功しないのがわかる。 さすがにメガネを握る右手はそのままだった。 「いつから、コンタクトをしていたんだ? もしかして仲上家のお手伝いでパソコンを使うようになってからか?」 俺は比呂美の視力が悪いのが、最近であって欲しかった。 そうであるなら見抜けなかった俺の判断の甘さが緩和されるからだ。 「仲上家に来る以前からよ。 それにコンタクトは付けているのを打ち明けない限りわからないわ」 「今はメガネを掛けていなくても、俺がわかるんだ」 俺は比呂美の瞳を覗こうとすると、顔を逸らされる。 「もう……、メガネを掛けてあげるわ。あまり見ないでね」 比呂美は少し俯いてから、顔を上げる。 「……」 俺は言葉を失った。 一つの道具に過ぎないメガネで、比呂美の印象が激変した。 大学生として通じるような大人びていて知性が感じられる。 もともと成績優秀であるから拍車を駆けているのだ。 「何か言ってよ……」 メガネ越しでも比呂美の威圧感は損なわれない。 さらに増加したようにも思える。 俺はその表情さえも眺めていられる余裕があった。 仲上家にいた比呂美には避けられていたようで、会話は数回もすれば途切れてしまっていた。 ただ挨拶をするだけの関係だった。 今は竹林の出入り口であり、人目にならないのが幸いだ。 「似合ってる。今度は外してくれ」 さらに要求した。また違った比呂美を見られるなら、怒られるのは本望だ。 「私は着せ替え人形じゃないのに……。 いつ眞一郎くんの前にメガネを掛けた姿を見せようか本気で考えていたのよ。 実家にいるときの休日はメガネだったし、たまにメガネのまま買い物にも行っていたの」 比呂美の告白に俺は過去を呪った。 何で比呂美と出くわす機会を与えてくれなかったんだ! 右手を額に当てて空を見上げる。 この小さな町でメガネの比呂美と遭遇させてくれなかったから。 「何か変よ、さっきから」 比呂美は吹き出してくれている。 メガネがあっても目が細くなるのもよくわかる。 父さんが俺を褒めてくれるときと同じだ。 「いいな、メガネ。ないのも、いいし」 俺は照れる事無くまじまじと覗き込んでいる。 比呂美は顔を逸らしたり上げたりしてかわそうとする。 そうすればさまざまな角度で見られるのに気づいていないようだ。 「どっちか選んでよ。コンタクトを買うか迷っているから」 まじめな眼差しなので俺は真剣に考える。 清楚でありながら凛とした大人びたメガネの比呂美。 年相応でありながら、どこか年上のようなコンタクトの比呂美。 最近は笑顔が増えつつあるから表情が豊かになっている。 考えるまでもない、答えは決まっている。 「コンタクトを買えばいいよ。月曜日はメガネで、火曜日はコンタクトとか」 俺の提案に比呂美は声を荒げる。 「ゴミの日みたいに言わないで」 「ちょっと待て。ゴミなんて言ってない」 俺の反論に比呂美は俯いてしまう。 生活臭が漂い始めている。 一人暮らしをするからではなくて、仲上家にいるときから家事をしていたから、 染み付いているのだろう。 「今日は遅いから、明日にコンタクトを買いに行く。 だから明後日はどうしたらいい?」 「今日と明日はメガネだから、明後日はコンタクト」 俺は頭の中のスケジュールにメモをする。 「覚えておくね。それとコンタクトの資料をもらって来ているの。 どれがいいか、相談に乗ってくれないかな?」 メガネ越しであっても瞳は潤んでいる。 俺がコンタクトに詳しくないのを比呂美はわかっているはずだ。 「時間がかかりそうだ」 「いろいろあるのよ。種類や値段や装着期間とか。 選ぶだけでも疲れるわ」 俺たちは比呂美のアパートに向かって並んで歩く。 (完?) あとがき おねティのみずほ先生と紙使いの読子が、私の中ではメガネの双璧でした。 もう崩されることがないと思っていましたが、比呂美によって陥落させられました。 メガネがないのもいいので、選択できるようになるSSにしてしました。 コンタクトの道具であるケースや洗浄液があるのではと、 本編で探してみたのですが、見つかりませんでした。 あのポーチの中にあるのか、自室で付けているのかで悩みました。 付けようと思えばできなくはないので、後者です。 メガネを掛けるようになったのは、 第十話で蛍川との試合があるというキャプテンの発言から、比呂美が選手として出場。 純の彼女という理由で悪質なファウルの連続でシュートのときに衝突しました。 そのときに落ちたコンタクトを蛍川の選手に踏みつけられてしまいます。 驚愕する比呂美の表情を見ていた朋与は試合後に、 「絶対わざとだよ、ひどいよ」 それから比呂美はメガネを掛けます。 竹林の先で待っていた比呂美は振り返ってから、メガネを取ります。 理由はメガネを掛けている姿を眞一郎に見せるのは、恥ずかしいからとしました。 その後にも予告では何らかの会話をしているようです。 眼鏡越しでは話せないことかもしれません。 帽子を取るような誠意のある態度で、純と別れるか、別れたことを告げるかもしれません。 眞一郎が驚いていたように見えました。 そこまでは設定することなく、このSSは閉じさせていただきました。 ご精読ありがとうございました。 前作 true tears SS第一弾 踊り場の若人衆 ttp //www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up30957.txt.html true tears SS第二弾 乃絵、襲来 「やっちゃった……」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4171.txt.html true tears SS第三弾 純の真心の想像力 比呂美逃避行前編 「あんた、愛されているぜ、かなり」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4286.txt.html true tears SS第四弾 眞一郎母の戸惑い 比呂美逃避行後編 「私なら十日あれば充分」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4308.txt.html true tears SS第五弾 眞一郎父の愛娘 比呂美逃避行番外編 「それ、俺だけがやらねばならないのか?」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4336.txt.html true tears SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問 「私がそうしたいだけだから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html true tears SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家 「俺も決めたから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html true tears SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅 「それ以上は言わないで」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4428.txt.html true tears SS第十弾 比呂美の停学 後後編 眞一郎とのすれ違い 「全部ちゃんとするから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4464.txt.html
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true tears SS第十六弾 第十二話の妄想 前編 「きれいよ、あなたの涙」「何も見てない私の瞳から…」 「キスしてもいいか?」 第十二話の予告と映像を踏まえたささやかな登場人物たちの遣り取りです。 妄想重視なので、まったく正誤は気にしておりませんが、 本編と一致する場合もあるかもしれません。 本編に出て来た伏線を回収してみたいなと思います。 石動純は登場しますが、乃絵にキス発言をします。 明るい展開を心掛けているので、良識のある登場人物ばかりになりました。 最後に今回の絵本である『雷轟丸と地べたの物語』の解釈を記述しておきました。 眞一郎は乃絵を見つける。 いつも『雷轟丸と地べたの物語』という絵本を読んでもらっている岬であり、 乃絵に別れの言葉のようなものがあった場所だ。 『あなたが飛ぶところはここじゃない』 眞一郎は乃絵に近づく。 「乃絵」 眞一郎の声に振り返ってくれる。 懐には地べたがいて、首を動かしている。 「絵本を読んで欲しい。 一応は完成したから」 眞一郎はスケッチブックを両手で手渡す。 乃絵は受け取って、声を出して読む。 「次の日は雨でした。 横で地べたが羽をバタバタと羽ばたかせていましたが、 雷轟丸は悠然としていました。 何と十メートルの丘の上に朝日を背に向けた地べたのシルエットが、 すくっと立っているではありませんか。 鶏としての最初の飛翔、その失敗による最初の栄光は地べたのものでした。 雷轟丸はただ臆病な鶏たちの中のただの一羽に過ぎませんでした。 おわり」 乃絵は深く刻むように両目を閉じている。 「これが眞一郎の答えなのね」 神妙な顔で見つめてくる。 「まだ決まっていないが、今の俺にはここまでしか書けない」 「そう。ようやく絵本が現在に追いついたのかもしれないわ」 絵本を地面に降ろしてから、乃絵は海の方を向いて地べたを掲げる。 「地べた、飛んで見せて、眞一郎に新しい展開を浮かばせるために」 乃絵は天空に向けて生贄を捧げるようだ。 眞一郎はその姿にいたたまれなくなり、乃絵にしがみ付く。 「そこまでしなくていいんだ。乃絵を追い詰めたのは俺のせいだ」 夢中で乃絵を抑えようとする。 眞一郎は乃絵がここまで悩み苦しんでいるとは思っていなかった。 乃絵と会わないでいられないことがわかっているからこそ絵本を完成させようとしていた。 全部ちゃんとするからと、比呂美に誓ってからでもだ。 乃絵は振り返って、地べたを降ろしてから眞一郎に言う。 「きれいよ、あなたの涙」 乃絵は小瓶を出してから、眞一郎の右目の涙を右の人差し指で拭う。 「大切な人とは俺のことなのか……?」 乃絵に何もしてあげられていない自分が選ばれるとは思っていなかった。 「そうね。でも泣けないわ、私」 まだ不満げな眼差しをしている。 「どうすれば泣けるようになるのだろうな」 泣けなくなった天使にすがってみた。 眞一郎の絵本から出てきたような乃絵に救いを求めた。 「何も見ていない私の瞳から…」 乃絵は心の底から震える声を発した。 通常の会話では用いられないような詩的な表現だ。 何も見ていないとは、いつもは何かを見ていた。 眞一郎と付き合っているので、見ていたのは眞一郎。 それなのに見ようとしないならば……。 もしかして見たくはないものかもしれない。 乃絵が目を逸らしたくなるものといえば……。 「比呂美……」 眞一郎はふと洩らしてみた。 「雷轟丸は眞一郎で、地べたは湯浅比呂美。 私は地べたになろうとしていたわ。 温めてあげたり餌をあげたりしてね。 そうすることで眞一郎の心の中に入って、絵本の中の地べたが私になるかもと思って」 乃絵の独白は淡々としていて、いつもの絵本を読んでいるようだった。 「俺は比呂美のことを描いていたのか?」 眞一郎は絵本をめくってみる。 ざっと目を通しただけでも、乃絵の解釈が一致することがわかった。 「私はふたりのことを詳しく知らないわ。 でも地べたが飛翔したがっているのはわかる。 友達のいない私でも、湯浅比呂美が仲上家を出て一人暮らしをしていることをね。 雷轟丸はまだ飛ぶのを諦めてしまってる」 神託を与えるように澄んでいて、眞一郎の身体を覆ってくれている。 「そんな絵本を乃絵に見せていた……」 眞一郎は暗い話ばかりを描いていたので、いつか明るいものを描きたかった。 二羽の鶏ならば明るく導いてくれるかもしれないと想いを込めていた。 もう一冊の絵本でも乃絵の発言の影響を受けてはいるが、 「雪の海」という比呂美の言葉から新展開をされつつある。 「楽しい日々だったわ。私と親しくしてくれたのは眞一郎だけだったから。 さっきまで飛ぼうと考えていたけど、やめるわ」 乃絵は地べたを捕まえて懐に戻した。 乃絵の飛ぶという意味を訊こうとは思ったがやめた。 不吉な予感が脳裏をかすめたからだ。 「俺のすべきことがわかった」 乃絵のところではなく、比呂美のところへ飛んで行きたい。 「帰りましょう。地べたを戻してあげないと。 迷惑を掛けてごめんなさい」 乃絵は深々と頭を下げた。 「俺が乃絵を放っていたから」 乃絵の態度が意外ではあった。 何かいつもと雰囲気が異なっていて、大人になったようだ。 無邪気な笑みが無くなったようで寂しくはある。 「少し泣けそうな気がしてきたわ」 宙を見つめる目に涙は浮かんでいない。 * 乃絵は地べたを侘びながら鶏小屋に戻した。 眞一郎と石動家に向っている。 「明日は祭りだ。乃絵も来てくれよな」 眞一郎は急に話題を振ってきた。 「行ってもいいの?」 もう別れたようなものなのに誘ってくれている。 比呂美のところに行ってから、戻って来ることはなさそうだと覚悟していた。 「せっかく今まで麦端踊りを練習してきたんだ。 乃絵にも見てもらいたい」 すがすがしくて吹っ切れたような笑顔。 あれだけうまく踊れていたのだから自信があるのだろう。 「行くよ、絶対に」 落ち込んでいた気持ちが薄らいでゆく。 家の前では純がいて待っているようだ。 先に眞一郎の携帯電話で乃絵が連絡しておいたからだ。 「すまない。乃絵がお世話になった」 深々と丁重に頭を下げていた。 「俺にも責任があるから」 「私がすべて悪いの」 乃絵はふたりの罪をなくしてあげたかった。 湯浅比呂美の真似をするかのように逃げ出してしまった。 そうすれば何かが変わるような気がしていた。 だが手ごたえはなく、地べたである比呂美のように飛翔しても墜落するだけだった。 「乃絵、何かいつもと違う気がする」 「そんなことはないよ」 「俺も変わったと思う。乃絵はだんだんと会うたびに違ってた」 純だけでなく眞一郎まで変化を評価していた。 乃絵自身にはよくわからないが、否定をしようとはしなかった。 「湯浅比呂美に別れを告げられている。後はそちらで好きにすればいい」 純の突然の告白に、眞一郎は口を開けてしまった。 「交流戦でコートに入って悪質なファールを比呂美にしていた蛍川の選手を、 叱っていたのは比呂美のためではなかったのかよ」 眞一郎が比呂美に訊こうとしていて、眞一郎の部屋の前ですれ違ってしまった。 「あいつのためでもあるが、振られたのはその後だ。 ああいうプレイは根っから嫌いでね、麦端との関係を悪くする」 純は口元を歪めていたのはプレイ内容に対してのようだ。 比呂美に振られた悔しさがあまり感じられない。 「そろそろ帰る。比呂美には俺が連絡する」 眞一郎が背を向けて去って行くのを、見えなくなるまでふたりは佇む。 「乃絵は抱き付いて来なくなったな」 純は素朴な感想を洩らした。 「そうね」 あのバイク事故のときは、抱擁していた。 近くでは眞一郎と比呂美とがだ。 「キスしてもいいか?」 純の言葉は冗談のように軽い 「やめておくわ」 昔ならしていたかもしれないが、今になってしようとは思えない。 「そうだよな……」 純は家の中に入って行く。 乃絵はその姿を目で追う。 * まだ眞一郎は比呂美に連絡をしていない。 どうすればいいか悩んでいる。 乃絵の家出を携帯で知らせてくれたときの比呂美の声は、霞んでいるようだった。 寝起きではなく、儚げで消えてゆきそうな雰囲気があった。 乃絵のほうが生気に満ちていたように思える。 いつもの笑顔になるような対処を考えねばならない。 眞一郎は仲上家の門をくぐる。 自転車置き場に向かい、ニット帽とマフラーをはずす。 右手で運転して、左手には『雷轟丸と地べたの物語』のスケッチブックを抱える。 不安定ではあるが、籠がない自転車では仕方がない。 このまま比呂美のアパートに行こう。 仲上家を出ると、長い坂がある。 速度を出さずにいるが、身体は上下してしまう。 立ち漕ぎはせずに、座っていてもだ。 スケッチブックを落としたくないし、比呂美を乗せたトラックを追ったときのように、 こけたくはない。 『全部、ちゃんとするから』 比呂美に誓った言葉がむなしく頭の中でこだまする。 あれから一週間も経過しても、何もできていないに等しい。 乃絵と会ったのはさっきのが初めてだった。 絵本が完成するまで先延ばしにするのを言い訳にしていた。 さらに別れの言葉は乃絵からで、絵本の本質を見抜かれていた。 比呂美のところへ行くようにも告げられたのも同然だ。 純に対しては比呂美が付き合っていても、 交換条件をこちらから解除を要求するつもりだった。 それなのに純のほうから比呂美を任されてしまった。 コートに入ってまで比呂美を守ろうとした純を見ていられなくて、 眞一郎は背を向けてしまった。 今後は純と対立してでも比呂美を振り向かせようと考えていた。 だが戦う準備をする前に、純のほうから撤退されてしまった。 比呂美に対しては眞一郎の理解を超えているとしか言いようがない。 一週間も経過してから比呂美のアパートを訪れた。 ベーコンエッグを食べてから、冬の海を見たいという比呂美を追い駆けた。 眞一郎が鍵を掛けることで合鍵が手元に残った。 そういう策略をしてくるとは思いもよらなかった。 海岸では比呂美がメガネを外していて、瞳を見ていた。 それから比呂美が近づいて来てキスをした。 お互いが初めてであっても、舌が絡み合った。 眞一郎母と父には、比呂美との交際を認めているかのごとく、 比呂美のことについて訊かれている。 三人での食事であっても口数が増えている。 昨年よりも酒の売り上げが良いようで上機嫌でもあるのだろう。 「すべて、俺が何もせずに与えられたものばかりだ」 ふがいない自分を見つめ直す。 感情的にはならずに冷静にだ。 比呂美のアパートに到着する。 * 比呂美は眠れない夜を過ごしている。 布団の上にいると塞ぎ込んでしまいそうなので、ロフトから降りる。 気分転換にお湯を沸かせて紅茶を飲むことにする。 マグカップを手にテーブルに行って座る。 比呂美が乃絵の家出を電話したときに、眞一郎はすぐに乃絵を探しに行った。 心優しい眞一郎の行為を認めつつも、誰にでも同じことをするのではないかと考えてしまう。 比呂美が逃避行でバイク事故が遭ったときのように、眞一郎は乃絵を抱擁するかもしれない。 嫌な予感ばかりが頭に浮かんでくる。 眞一郎母に言われて、比呂美は眞一郎の部屋に着替えを運んだ。 机の上には『雷轟丸と地べたの物語』という題の絵本があった。 あれはきっと乃絵のための絵本。 比呂美には一枚の絵だけ。 涙を拭いたいという台詞と髪の長い女性の姿から、私かもと思っているだけかもしれない。 乃絵の家出で電話したときにも、絵本を描いていたらしい。 『雷轟丸と地べたの物語』のことを訊こうとしたけれど、かすれてしまった。 「羨ましいな……」 乃絵と比呂美との格差を感じる。 比呂美は幼い頃の思い出から十年以上なのに、乃絵は四ヶ月くらいだと思う。 三十倍もの年月があっても、絵本にされる量は影響されない。 比呂美と眞一郎には夏祭りと進展しなかった仲上家での生活しかなかった。 携帯の画面にいる眞一郎の顔を見る。 今から掛けてみようかと悩む。 もう、何度もしてきた行為。 ふたりの邪魔でもしてみようかと考えてしまう。 最近は眞一郎と親しくなれた反動で嫉妬深くなっている。 もしかして連絡すらもないかもしれない。 たとえ純からであっても欲しい。 着信音が鳴ると、画面には仲上眞一郎と表示される 『比呂美、寝てたか?』 穏やかな気配りのある声。 『まだ寝ていないわ』 『話があるから、部屋に入っていいか?』 眞一郎には合鍵を渡している。 『入れるものならね』 比呂美から電話を切る。 部屋を見回して危ないものを隠す。 特に干したままの下着を仕舞い込む。 ドアを開ける音がするが、眞一郎は何も言わない。 比呂美はドアの前に行って隙間から、眞一郎の顔を覗く。 「チェーンロックをしているんだな。防犯のためだから賛成だ」 「一人暮らしは物騒だって眞一郎くんも言っていたし」 比呂美はにこやかに応じた。 「明日は祭りだから、すぐに帰る。開けて欲しい」 畏まった態度で迫ってくる。 「ちょっと待ってね」 比呂美はドアを閉めてから、チェーンロックをはずして開けてあげる。 「ありがとう」 眞一郎を部屋の中に導いてあげる。 「何か温かい飲み物を用意するわね」 「紅茶がいいな」 眞一郎はテーブルに乗っているマグカップを見ていた。 比呂美はキッチンに行って、お湯を沸かし直す。 マグカップを手にしてテーブルに着く。 「気分が落ち着いてきた」 眞一郎は冬の寒さから開放されたようだ。 眞一郎はコートも脱がずにいる。 あの『雷轟丸と地べたの物語』をテーブルの上に乗せている。 比呂美は一瞬だけ忌々しげに見つめてしまった。 「部屋に入ったときに見られたかもしれないな」 ばつが悪そうに問うた。 「気づいていたわ、中は見ていないけど」 眞一郎の足音がしたので、我に返ってしまった。 もう少し時間があればどうしていたかはわからない。 「できれば読んで欲しい」 真摯な眼差しで眞一郎は両手で手渡そうとする。 「先に石動乃絵と何があったか教えて欲しいわ」 『雷轟丸と地べたの物語』は乃絵のための絵本であるはずだ。 そんなものを比呂美に見せる眞一郎の意図がわからない。 「俺の希望だから、先に報告してもいい。でも報告なら後でもできるし」 絵本も後で読むこともできそうだが、比呂美は受け取ってスケッチブックを開く。 躍動感のある雷轟丸と地べたがいる。 本当に細かく背景までも描かれていて、心を奪われてしまう。 ラストシーンは地べたが墜落してしまうというBADEND。 何て感想を伝えればいいか迷ってしまう。 鶏だから飛ぶのは難しいのか? 絵本であっても現実を受け入れなければならないか? 乃絵はどういう印象を抱いたのだろう。 そもそも普通の感想を求めているのではない。 何か別の意味が含まれているからこそ、先に見せようとしていたはずだ。 眞一郎が身の回りのものを描こうとするのは、比呂美の一枚絵からわかる。 雷轟丸と地べたは鶏であるから物語の展開には、何らかの影響を受けるはずだ。 そう考えると雷轟丸は眞一郎なのだろう。 地べたは誰なんだろう。 乃絵なら比呂美に見せようとはしないはず。 比呂美との決別のために故意ならありえるが、眞一郎の表情からはありえない。 さっきからずっと比呂美の顔色を窺っている。 「地べたは私なのかな? 飛翔はしているけど、失敗しているようなところが」 思い当たるところはある。 引越しはしたものの、眞一郎との関係は比呂美だけが盛り上がっているようなものだ。 合鍵を渡すし、キスも強引と判断されるかもしれない。 「一回目だから、それに続きは書くつもりだ。 俺もさっき乃絵に思い知らされた。 乃絵は地べたになりたがっていたようだけど、俺は比呂美としてしか描けていなかった」 本当に描いているときは自覚がなかったのだろう。 作家よりも読者のほうが作品の本質を理解できる場合がある。 あの乃絵なら友達になりたいという比呂美の嘘を見抜いたからありうる。 「私も続きが読みたいわ。 このままだと雷轟丸も地べたも他の鶏も救われないから」 結末は無理に飛ぼうとしなくてもいい。 みんなが仲良く暮らせれば。 「祭りで何かを悟れれば描けると思う。 それと比呂美はあいつと別れたようだな。 さっき教えられた」 やはり純は乃絵を選んだようだ。 これで交換条件はなくなり、比呂美は自由になった。 眞一郎の言葉からでも乃絵とはうまくいかなかったようだ。 眞一郎が乃絵ときれいに別れられるとは、比呂美は思っていなった。 長引きそうならば、交換条件を乃絵に明かして、ふたりの仲を悪化させようと考えていた。 「私から伝えたわ。 なかなか聞き入れてもらえなかったけど」 「比呂美はうまくできたようだな」 眞一郎はマグカップに口を付ける。 「どういう意味?」 「乃絵とははっきりとした別れの言葉はなかった。 家出をした後だから、さらに追い込むことはできないし……」 苦渋を滲ませる眞一郎の気持ちはよくわかる。 明確に別れの言葉を告げられる状況ではなかったのだろう。 「眞一郎くんもちゃんとできていると思う。 絵本だってしっかりと描けているし」 眞一郎を励ましてあげたいといつも比呂美は考えていた。 あのキスも眞一郎が花形として立派にこなせるのを応援するためでもあった。 乃絵の影がちらついていても、踊りだけはしっかりとこなして欲しい。 「明日のをがんばろう」 「もう今日だけどね」 時計を見ると日付が変わっている。 「そろそろ帰る」 眞一郎は紅茶を一気に飲み干した。 それから絵本に手を置いた。 「この絵本を置いといて欲しいの。 もう一度、読んでみたいし、朝に返すから」 両手を合わせて願う。 こんな行為は今までにしたことがなかった。 漫画に出てくるようなもので、比呂美にとってはありえない動作だ。 「片手で運転するのは面倒だった。 でもこれから酒瓶を自転車で届けたりするかもしれない」 即座に了承してくれていた。 「お手伝いをする気なの?」 「花形として踊っただけで、世間は俺のことを仲上家の人間として認めてくれない。 手伝いくらいはしようと思う。 比呂美だってしているわけだし」 眞一郎の心境の変化に比呂美は反応できずにいた。 比呂美が帳簿を片手にお届け先を教える。 それを受けて眞一郎が運ぶ。 たまには一緒に届けて帰りに買い物をできればいい。 「いいかもしれない」 「比呂美に教わることが多そうだ」 「おばさんに仕込まれているから、私は」 自慢げに微笑んであげる。 以前ならあまりしたくはなくて、わざと帳簿のキータッチを遅らせていたときもあった。 「話が長くなりそうだから、帰る」 眞一郎は起き上がると、比呂美も同様にする。 「絵本は眞一郎くんの部屋に届けるから」 「俺は花形の衣装を着ていそうだ」 当日、眞一郎はまだ比呂美がどういう服装でいるのかを知らない。 眞一郎と玄関で別れることになる。 「おやすみ、比呂美」 「転ばないでね、眞一郎くん」 眞一郎は顔を歪めている。 「一生、言われそうだな」 「うん」 元気良く返事をしてあげた。 「比呂美も転んだように見えたが」 「そんなことはないわ」 比呂美の否定はむなしく響いた。 「言い忘れていたけど、比呂美が電話をくれたときに絵本を描いていたのは別なものだから」 「そうなの?」 「詳しくは今度にする」 眞一郎は扉を開けて、右手を振ると比呂美も応じる。 深夜なのでお互いに声を出さない。 それから眞一郎はゆっくりと扉を閉める。 比呂美はテーブルに戻って、もう一度だけ、『雷轟丸と地べたの物語』を読み始める。 読み終えてから、床に着こう。 乃絵に眞一郎を奪われる悪夢を見なくてもいい。 わざわざ部屋に来てくれて絵本を届けてくれたのだから。 次に繋げてくれるように書き加えてくれるし、他の絵本もある。 素敵な夢を見ながら眠れそうだ。 (後編に続く) あとがき 第十ニ話ということもあり、第十三話である最終回に、 どう繋げるかを意識しなければなりません。 このままきれいにまとめてくるのか、少しくらいは波乱を起こすのかをです。 私の場合はどちらとは断定できません。 いくつもの伏線を回収してゆく都合上、余計なものでも拾いそうです。 さて前回の第十一話では、乃絵と比呂美が朝食を取るという妄想をしてしまいました。 見事にはずしてしまい、単なる願望でしかなかったようです。 一週間を経過をしたとはいえ眞一郎は比呂美のアパートに行ってますし、 比呂美がメガネを掛けている理由も明かされていませんでした。 一致した部分では、比呂美が乃絵の家出で眞一郎が捜索するのに嫌悪感を示すことと、 雷轟丸の絵本の存在を知ってしまい苛立ってしまうことでしょう。 第十一話における比呂美の内面は取り逃してはいませんでしたが、 あれほどまでに嫉妬深くなっているとは思いもせず、 第十二話で頂点に達すると考えていました。 さて第十二話の妄想では、はっきり言って正答率は低くなるでしょう。 かなり難解で、もう一つくらいSSを再構成できそうなほどです。 前編では祭り前夜での行動を描いてきました。 公式の画像にある比呂美が頬を染めるようにするためには、 あの嫉妬深い表情を一掃しなければなりません。 まずは乃絵ですが、解釈に悩まされます。 眞一郎と別れるとまではいかなくても、距離を置かれるようにはなるでしょう。 乃絵は眞一郎の心の中に比呂美がいるのを理解していますので、 眞一郎を比呂美のところへ飛ばします。 地べたを掲げる行為やタイトルコールや予告の台詞などが複雑に絡んできています。 さらに乃絵が泣けるようになる布石も考慮せねばなります。 最大の謎は、『雷轟丸と地べたの物語』の解釈と今後です。 詳しくは後述してあります。 純についてです。 キス発言が誰にするかで悩まされます。 声が軽いので冗談のようには聞こえます。 公式のあらすじどおりだと、乃絵になるようなので合わせてみました。 キスをするほどの仲なのかはよくわかりませんし、言われた乃絵の対応も不可解です。 比呂美に対してでもありうるのですが、 邪険にされているのを自覚している純はしないかもしれません。 個人的には純が決別の意思を示すためにして欲しくはあります。 それを比呂美が受け入れて、微笑んで拒絶するという大人の対応をして欲しいのですが、 眞一郎以外の男には興味の無い比呂美には困難です。 いつか比呂美の新人戦で会話くらいはできればと期待しています。 私が乃絵にキス発言にした理由は後編で描きます。 眞一郎についてです。 第十話での自転車での疾走、第十一話での及び腰という真逆といえる行動を、 第十二話ではどうするのかは想像しにくいです。 乃絵には別れの言葉のようなことがあり、純からは比呂美を任され、 比呂美は行動力を発揮しています。 眞一郎以外の登場人物のほうが、自分自身と向き合っています。 そういう状況に追い込まれつつも、ようやく眞一郎は比呂美のために果たそうとします。 公式のあらすじの画像での眞一郎の苦渋な顔をしているのは、そのためでしょう。 注目すべきは眞一郎の姿勢です。 背中が少し見えているのは前屈みになりつつあるからでしょう。 それとニット帽とマフラーを取っているのは邪魔になるからです。 よって自転車で比呂美のアパートに向わせました。 比呂美についてです。 第十一話では積極的でしたから、第十二話の前編では報告待ちという受身です。 乃絵の家出についての眞一郎から連絡があればと考えているでしょう。 比呂美として最高の形である眞一郎の訪問と交換条件の解消でふたりが自由になること、 さらに『雷轟丸と地べたの物語』について知らされること。 それらを満たしてみました。 特に『雷轟丸と地べたの物語』では地べたが比呂美であるなら、 比呂美が読んで欲しいという願いもあり、今後のふたりのために結び付けました。 ここまでされると比呂美は祭り当日に決意をして着付けができるでしょう。 この状態から後編に続きます。 予告としましては、あの人が鍵を握っています。 そのためのフラグを立ててきたのでしょう。 でも大きくはずす妄想になりそうな気がします。 あの人の評価が急上昇か急降下かの両極端になるでしょう。 ご精読ありがとうございました。 絵本の解釈 『雷轟丸と地べたの物語』 次の日は雨でした。 何も行動ができていない日のこと。 横で地べたが羽をバタバタと羽ばたかせていましたが、 地べたである比呂美は、何かをしようと考えていた。 雷轟丸は悠然としていました。 雷轟丸である眞一郎は、兄妹疑惑が晴れて、喜んでいて、比呂美に何もしなかった。 これで比呂美との仲を深められるが、具体的な行動をしていなかった。 何と十メートルの丘の上に朝日を背に向けた地べたのシルエットが、 すくっと立っているではありませんか。 地の底が仲上家であるなら、丘はそれを越えた場所のこと。 今回は、比呂美の一人暮らしを意味している。 実際は資金が仲上家から出ており、すぐに行ける場所でもある。 鶏としての最初の飛翔、その失敗による最初の栄光は地べたのものでした。 引越しによる飛翔をしたけれど、うまくは行っているようには見えない。 純とも別れられていないし、眞一郎との繋がりも深まっていない。 合鍵やキスが強引とも言える行為であり、お互いの気持ちを確かめ合えていない。 雷轟丸はただ臆病な鶏たちの中のただの一羽に過ぎませんでした。 雷轟丸はその他の鶏のように何もできていない。 その他の鶏とは他の登場人物も含まれており、何らかの成果を挙げている者がいない。 おわり 眞一郎が考えられる物語がここまでであるということ。 絵本の展開が本編の現在に追いついたために、眞一郎には地べたの行動を予測できていない。 その後に乃絵が地べたを掲げて展開させようとする。 祭りなどのイベントで書き足すか書き直される可能性がある。 最初と書かれていて、次回が無いというのも不自然である。 絵本の解釈は人それぞれ。 雷轟丸は眞一郎というのは大半の意見だろう。 地べたが誰なのかで、複数の解釈ができる。 だが一つ一つの事象を本編に会わせてゆくと比呂美の可能性が高くなる。 今回は特に地べたが飛翔するので、乃絵では特に大きなイベントはなかった。 よって地べたは比呂美となりやすい。 そもそも眞一郎は身の回りの出来事を自分が感じたことを記述するという心象表現。 今の眞一郎の境遇では暗い話になりがちで明るくは描けない。 もう一冊の比呂美の絵本では、眞一郎の願望が混じってくるので前向きになりそう。 これから比呂美との仲を深めてゆくには必須の小道具となりうる。 やはり絵本を告白の材料にする可能性はあるが、祭りが第十三話まで入り込んで、 告白が祭りの最中というのはありうる。 いつか後日談として比呂美が自分向けの絵本を見るというイベントはあるはずだ。 第十一話での「雪の海」という比呂美の発言は、眞一郎の発想を刺激しているだろう。 比呂美からの電話のときに言っていた絵本とは、比呂美向けのほうだろう。 さすがに雷轟丸のほうだと眞一郎は隠そうとするはずである。 雷轟丸のほうは一度でも乃絵にBADENDでも見せようという発言を眞一郎はしている。 今後は書き足すか書き直すかという展開はありうる。 祭りの最中で感じた雷轟丸の眞一郎と地べたの比呂美との想いを加えるだろう。 絵本については本編では詳しく解説すらもされない。 いつか設定資料集などが発売されるのを期待する。 ここで小話を一つ。 比呂美の一人暮らしをするというのが、雑誌によるネタバレがされたときに、 地べたの比呂美が飛んで、雷轟丸の眞一郎が置いてけ堀をくらうという予想をしていた。 書き直すことも視野に入れていた。 今回の絵本は、おわりとしてあるが、続きを書く可能性はある。 このまま地べたが比呂美であるなら、後味が悪いし、最初の飛翔だからだ。 読者の想像に任せて、あのまま地べたは死亡したのか、立ち上がるのかという判断を、 委ねてくるのか、かなり興味がある。 それと眞一郎父に雷轟丸の絵本を見せるには抵抗のある態度を示していた。 比呂美のほうが書き上がっていないからという意味もあるかもしれない。 眞一郎は地べたが比呂美として描いているとは自覚していないだろう。 それでも乃絵に見せるのは、現実を受け入れさせるためである。 なかなか超えることのできない高い丘があり、飛び立つことの困難なのを表現している。 たとえ絵本の中であっても、安易に飛んで見せることは眞一郎にはできない。 ならば眞一郎が乃絵の前で踊ることで飛んでみせる必要がある。 といっても飛ぶというのは踊りを成功させることである。 だが乃絵も受身になることはなく、現実で深い繋がりを築こうとする意思が必要である。 それは乃絵が祭りに参加するときに求められてくる。 乃絵にとって飛ぶことは、今の自分が狭い世界に留まっているのではなく、 人との交流ができる広い世界に行けるようになることだろう。 その導き手は一人しかいない。 前作 true tears SS第一弾 踊り場の若人衆 ttp //www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up30957.txt.html true tears SS第二弾 乃絵、襲来 「やっちゃった……」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4171.txt.html true tears SS第三弾 純の真心の想像力 比呂美逃避行前編 「あんた、愛されているぜ、かなり」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4286.txt.html true tears SS第四弾 眞一郎母の戸惑い 比呂美逃避行後編 「私なら十日あれば充分」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4308.txt.html true tears SS第五弾 眞一郎父の愛娘 比呂美逃避行番外編 「それ、俺だけがやらねばならないのか?」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4336.txt.html true tears SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問 「私がそうしたいだけだから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html true tears SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家 「俺も決めたから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html true tears SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅 「それ以上は言わないで」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4428.txt.html true tears SS第十弾 比呂美の停学 後後編 眞一郎とのすれ違い 「全部ちゃんとするから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4464.txt.html true tears SS第十一弾 ふたりの竹林の先には 「やっと見つけてくれたね」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4523.txt.html true tears SS第十二弾 明るい場所に 「まずはメガネの話をしよう」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4585.txt.html true tears SS第十三弾 第十一話の妄想 前編 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4598.txt.html 「会わないか?」「あなたが好きなのは私じゃない」 「絶対、わざとよ、ひどいよ」 true tears SS第十四弾 第十一話の妄想 後編 「やっぱり私、お前の気持ちがわからないわ」 「うちに来ない?」(予想) ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4624.txt.html true tears SS第十五弾 眞一郎の比呂美の部屋深夜訪問 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4688.txt.html
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true tears 発売日 2009/03/26 価格 ¥24,990 発売元 バンダイビジュアル 構成 3枚 収録内容 全13話(本編314分+映像特典 約62分) 画角 16 9 日本語音声 コメンタリー なし 他言語音声 なし ソース オリジナルHD その他 サイト専売:限定生産:ブックレット(64P) http //www.truetears.jp/bd/#qa
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学校が終わり、眞一郎と比呂美は二人で帰路に着いていた。 比呂美はごく自然に腕を眞一郎に絡めている。 「いよう、若夫婦。今日も仲いいねえ」 道往く人の冷やかしも気にならなくなった。慣れというのは凄いものだ。 「ねえ眞一郎くん、このまま夕飯のおかず買いに寄っていい?」 「もちろん、今日は何にするんだ?」 「ううん、と。とりあえず店で安いもの確認してから決める」 二人は市内のスーパーに入る。 カートを取り、カゴを乗せる。 比呂美は、このスーパーで2人でする買い物が大好きだった。 デートのような特別な事はなく、あまりにも日常な行為。それを2人で一緒にできると 言うのが嬉しい。 比呂美と眞一郎は、個人的には不安や悩みを抱えていたものの、それも2人でいる間 は些細な問題に思えた。世界の全てと言ってもいい互いが、自分の隣で夕食の買い物 をしている。その事実の前に不安も問題も霧消した。 「あ、今日お茄子が安い」 「茄子ぅ~?人間の食いもんじゃねえよそれ」 「馬鹿みたい。何わけわかんないこと言ってるの?」 「なんとでも言え。苦手なものは苦手だ」 「大丈夫、大丈夫。比呂美さんに任せなさい」 偉そうに胸を張って請合う。理恵子から茄子の調理法は直伝済みだ。 「・・・・一応、茄子の入らない料理も作ってくれよ?」 眞一郎がややふてくされたように言った。 「うん」 こんなたわいない会話が楽しい。朋与が「新婚の楽しみがなくなる」と呆れる2人の関 係だった。 買い物を終え、店を出ると、2人は熱帯魚屋に立ち寄った。 眞一郎は最近、絵本のモチーフに動物を好み、しかも基本的に写実的な画風なので 実際の動物を数多く見ることは眞一郎の表現の幅を広げるために必要である。 「熱帯魚飼おうかなあ」 比呂美がなにげなくそう言うと、 「結構面倒らしいぞ?ウサギの方が楽なんじゃないか?」 「爬虫類もいいかもね」 眞一郎は、比呂美の部屋のロフトにカメレオンがしがみついている図を想像した。頭 を振って映像を消し去る。 「さて、と。それじゃ――」 「ね、眞一郎くん、これ見て」 比呂美に呼ばれ、眞一郎が比呂美の見ている水槽に行く。 水槽の中では灰がかったピンクの、店の中では大ぶりな魚が2匹、向かい合って頭 をくっつけていた。 「キッシンググラミーよ。私初めて見た」 「キッシンググラミー?」 眞一郎は水槽の上のPOPを見る。なるほどキッシンググラミーと書いてあった。それ 以外に解説は一切書いていない。 (ま、水族館じゃないからな) 眞一郎は前からこの魚を知っているらしい比呂美に訊く事にした。 「この魚、有名なのか?」 「有名ってほどではないかもしれないけど、何年か前の映画に出てきてロマンチックな 使われ方してたから」 「へえー」 「夫婦で暮らしていて、パートナーが死んだり、引き離されたりすると、悲しくてもう一方 も死んじゃうんだって」 「本当に?」 「私も小さい頃に見ただけだし、本当のところはわからないけど、でも、凄く切なくて、 素敵な話じゃない?」 眞一郎は改めて水槽の魚を見る。言われてみれば、頭をぴったりとくっつけた姿は恋人 同士がキスをしている姿に見えなくもない。 「それでキッシンググラミーか・・・・」 眞一郎は納得した。そして、これは絵本のテーマとしても使えそうな気がした。一方が 死ぬともう一方も生きていけないほどの絆は、普遍的なテーマとして使える。 「うん、いいものが書けそうだ」 眞一郎が立ち上がった。 「何か、思い浮かんだの?」 比呂美も立ち上がって訊ねる。 「ちょっとね。いいヒント貰えた。サンキュ」 眞一郎のこういう表情は大好きだ。比呂美も嬉しくてつい笑顔になる。 「うん」 2人は手をつないでアパートまで帰った。 「受験勉強は、進んでいるのか?」 ひろしが比呂美に訊いた。 比呂美はこのところ、夕食を仲上家で食べる事が多くなっている。 「お料理の後片付けの時間も馬鹿にならないでしょう?」 と、勉強時間が減る事を気にした理恵子が自分達と食べる事を提案したのだ。 比呂美としては自分で作る手間が省け、かつ美味しい料理が只で食べられるのだか ら異存などある筈もないが、運動をやめた身体には少しカロリーが心配だった・・・・。 「はい、おかげさまで」 比呂美が返事を返す。 「志望は経営学、だったな。この前の模試の判定は、どうだった?」 「なんとかAに入りました」 「そうか。あとは、眞一郎が受かるかどうか、か」 そう。比呂美の志望は何よりもまず「眞一郎と一緒に居られる事」である。比呂美が受 かって、眞一郎が不合格などということになったら目も当てられない。 「でも、眞一郎くんも頑張ってますから」 比呂美が苦笑しながら弁護する。 「その頑張ってる眞ちゃんは、今何やってるのかしら?」 後片付けを終えた理恵子が居間に入ってくる。 眞一郎は食事を済ませると、自室に戻ってしまっていた。 「まだ、絵本も描いているようだな」 「もう受験に専念しなければいけないでしょうに、編集の人に言われたとかで・・・・」 「まあ、向こうから言ってくるという事は、期待もされてるという事か」 眞一郎は、作中の登場人物を人から動物に切り替えてから、出版社の評価が上昇し ているようだった。母親向けの育児雑誌などに掲載されたこともあり、このまま行けば思っ たより早く作品を世に出せるかもしれない。 「それはそうなんでしょうけど・・・・大丈夫なのかしら。よくはわからないけれど、受験 で受かる絵というのは、絵本の絵とは違うのでしょう?」 「あまり、私も詳しくは知らないんですが・・・・」 そんな話はしていた。 「眞一郎も、考えなしでやってるわけじゃ、ないだろう。比呂美を困らせる事は、しないさ」 今度はひろしが弁護に入る。発言者自身が、その言葉を信じているのか、少々疑問 ではあったが。 「それじゃ、悪いけど比呂美ちゃん、あの子呼んできてくれないかしら?メロンいただい たから、みんなで食べましょう」 「はい」 階段を登り、眞一郎の部屋の前へ。かつては巨大な障壁に見えた引き戸も、今はた だのふすまだ。 「眞一郎くん?おばさんが下でメロン食べようって――きゃ!?」 比呂美が思わず声を上げたのも無理はない。眞一郎は居眠りしたまま机どころか椅子 からも転げ落ち、極めて不自然な体勢でそれでも目を覚まさず眠りこけていたのである。 「もう、なんて寝相なの」 寝相の悪さはとっくに知っていたが、それでもこれほどの豪快さを見ると思わず笑って しまう。 比呂美は机の上を見てみた。眞一郎は受験勉強ではなく絵本を描いていたらしい。 まだラフスケッチの段階だが、魚が2匹泳いでいる絵のようだ。 「キッシンググラミー・・・・」 この前買い物帰りに見た熱帯魚を描いているのだろうか。出来上がったら見せて欲し いな、と比呂美は思った。 とにかく今は眞一郎を起さなくては。比呂美は屈んで眞一郎の耳元で声をかける。 「眞一郎くん、起きて。眞一郎くん――きゃ!?」 また比呂美が声を上げた。寝ぼけた眞一郎が比呂美に腕を伸ばし、抱えるように引き 込んだのである。目の前10センチほどの距離で、眞一郎の寝顔と相対した。 「・・・・・・・・」 改めて眞一郎の寝顔を見つめる。電気が点いた部屋で見る寝顔は、暗がりで見るの とはまた違った照れくささがある。 「・・・・・・・・比呂美・・・・」 眞一郎が寝言で比呂美の名を呼ぶ。 「・・・・ここにいるよ。眞一郎くん」 比呂美が返事をする。眞一郎の寝顔が安心したように緩んだ。 「比呂美ちゃん?眞ちゃんはどうし――」 なかなか降りてこない2人を呼びに来た理恵子が、部屋を覗いた。理恵子は軽く微笑 むと、何も言わず、畳の上で寝息を立てる2人の上に、布団を掛けた。 了 ノート 比呂美が見た映画は、韓国映画の「シュリ(1999)」です。 キッシンググラミー(映画の中ではキッシングラミー)については比呂美が語った通りですが、これはドラマツルギー上のフィクションで、実際はそんなおしどりエピソードはないそうです。 本文中にあるキスの仕草も、実は雄同士が縄張り争いでデコくっつけてメンチ切りあってるようなものだそうで・・・・。でも、いかにも眞一郎が絵本の題材に選びそうでしょw 眞一郎が絵本を動物主体に切り替えたのは乃えに会って、雷轟丸と地べたの物語を描いてからです。乃絵が眞一郎に遺したものです
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622 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 00 37 05 ID 1Hli0F8x 嬉しいことがあっても持続しないのが難点(つД`) 623 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 00 44 11 ID QrEv1xzQ 622 これからはずっと隣にいるんだし 624 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 00 51 29 ID w/bmQYho 623 何それ?プロポーズみたい・・・ 626 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 00 58 33 ID ZQy0sxD9 プロポーズと言えば数年後から云年後の中学、高校の同窓会の妄想が止まらん なんだよ仲上~やっぱりゴールインしたのかよー、って 627 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 01 07 30 ID KGfymZHb むしろ高校卒業パーティーで比呂美が女子有志にウェディングドレスを着せられて 擬似結婚式をやらされる 628 MAMAN書き ◆iLWTGcwOLM sage 2008/06/12(木) 04 18 10 ID 4vQweaQL 627 true MAMAN最終回後(十一幕後)として読んでください 卒業式が終わった。 高校生活の終りである。全ての卒業生にとって大なり小なりさまざまな想い出を残し、ひとつのステージを終えた。 その中の極一部にとっては、最後の一ヶ月に鮮烈な記憶を残した者たちもいる。黒部朋与、浅海絹もそんな一人だった。 「さーパーティーだ、パーティー!食うぞー!歌うぞー!騒ぐぞー!」 「朋与、はしゃぎすぎだよ」 あさみが窘める。結局名古屋の大学には落ち、春からは朋与と同じ大学に通う事になっている。 「いいじゃない、今日くらい、無礼講よ、無礼講」 「今日『くらい』?するといつもはあれでも自重してるつもりだったのか?」 三代吉が茶化す。が、その三代吉も浮かれているのか、顔が崩れ気味だ。 「朋与。騒いでもいいけど今日の目的は忘れないでね」 「わかってるわよ。朋与さんにまかせない!」 朋与が請合えば請合うほど、美紀子の不安は増大していく――。 「比呂美、足下気をつけてね」 パーティーは同級生の家が経営している喫茶店「ジェルラン」で開かれた。広さも十分だが、階段が急なのが難点で、朋与が殊更比呂美に対して 神経質になるのも、2月の事件を考えれば無理からぬ事だった。 「うん、ありがとう」 比呂美のお腹の子は19週目に入り、服の上からでも大きくなっているのがわかるようになってきた。朋与の手を支えに、ゆっくりと階段を上がっていく。 「よし、昇りきった」 「ごめんね。眞一郎くん、野伏君と一緒に買出しに行っちゃったから・・・・」 「いーのいーの。こんな時の為の親友でしょうが。さ、入って」 比呂美の為にドアを開け、中に通す。比呂美が中に入ると、真由、あさみ、美紀子が待ち構えていた。 「・・・・?どうしたの、みんな?もしかして、私が最後?」 後から入った朋与ともども、意地の悪い笑みを浮かべる級友達。 「今日の主役は、あ・な・た。比呂美が来ないと始まらないのよ」 「え?それはどういう・・・・」 真由と美紀子が後ろ手に隠していたものを掲げる。比呂美はそれがなんなのか暫らく見極めていたが、理解した瞬間、大きく目を見開いた――。 629 MAMAN書き ◆iLWTGcwOLM sage 2008/06/12(木) 04 18 35 ID 4vQweaQL 「おい、こんなにたくさんのクラッカー必要なのかよ?」 眞一郎が文句を言う。 「必要だから買ったんだよ。決まってんだろ?」 三代吉がさも当然、というように答える。 三代吉は何度も時計を気にしていた。それでいて、一向に急ぐ様子はない。 「なあ、何かあるのか?さっきから時間ばかり・・・・」 その時、三代吉の携帯が鳴った。メールを確認し、ニヤリと笑うと、眞一郎に振り返る。 「よし、じゃ、急ぐぞ、眞一郎」 会場に着くと、飾りつけも終わって、一同が二人の帰りを待っていた。 「諸君、待たせたな」 三代吉が言いながら、買ってきたクラッカーを全員に配っていく。事情が飲み込めないながらも眞一郎も受け取ろうとしたが、 「お前はいいんだ」 と断られ、さらに他の男子に引っ張られて事務所の入り口の前に立たされた。 「なんだ、どうなってんだよ?」 「黒部、OKだ!」 三代吉の合図と共に証明が落ち、不自然に布がかけられていた壁の一角が露わになる。それと共にファンファーレが鳴り響いた。 メンデルスゾーンの結婚行進曲だ。 「これは――」 眞一郎が呆然としていると、事務所のドアが開いた。 純白のドレスと、ベールを纏った比呂美が出てきた。 「比呂美・・・・これは?」 比呂美は黙って、恥ずかしそうに頬を染めた。 一斉にクラッカーが音を立てる。 「さ、仲上君。花嫁の手を取って」 「黒部さん・・・・これは?」 「あなた達、式挙げられなかったでしょ。だから私達で、真似事だけでもしてもらおうと思ったの。ドレスも手製よ、よく出来てるでしょ?」 「おじさん、おばさんももうじき来る筈だぜ。神父さんは用意できなかったが、それはかんべんな」 「さ、早く。花嫁に一人で歩かせる気?」 あさみに促され、眞一郎は比呂美の隣に立った。比呂美が眞一郎の腕に手を回す。 即席のバージンロードの両脇を級友が並び、拍手で新郎新婦を迎える。手作りの結婚式はこの後3時間、眞一郎と比呂美に忘れられぬ 想い出を残した。 了 630 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 05 48 07 ID GiH9LJro スイスwwwwwww 開催国wwwwwwwwwwwww 631 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 05 59 11 ID wtxiZz/l フレイがいないからどうしようもないね スレチガイだね 632 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 09 24 24 ID KGfymZHb 628 おお書いてくれたんだ 純白のウェディングドレスの比呂美と手を繋ぐ眞一郎みてぇぇ 633 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 10 30 34 ID rWEaPgXp やっぱりあの2人だとデキ婚だよなw 比呂美の計画通り 634 名無しさん@お腹いっぱい。 sage 2008/06/12(木) 10 40 22 ID 1Hli0F8x ないない
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true MAMAN 最終章・私の、お母さん~第一幕~ 「明けましておめでとうございます。本年もよろしくお願いします」 「明けましておめでとうございます。どうぞお上がり下さい」 比呂美が6組目の来客を迎え入れる。今度の一家は理恵子の父方の叔父とその息子 夫婦で、眞一郎から見れば「大叔父」に当たる。 大叔父と比呂美は互いに初対面だが、事情は既に理恵子から聞かされているらしく、 少なくとも表情に出しては困惑しなかった。 これで合計19名、思ったよりは少ないが、全員揃った事になる。 少ない理由は、比呂美と同世代の、例えば大叔父の息子夫婦の子供などが全く来て いないせいもある。 「あの、みなさんお子さんは連れてこられないんですか?」 理恵子に訊ねると、 「お酒も入るし、もっと小さい頃なら子供同士で遊ばせる事も出来るけど、高校生に なるとね」 「でも、それなら眞一郎くんも――」 「あの子はいいのよ。二人ともここの跡取りとしてもてなし方を憶えないと」 理恵子はさりげなく、しかし重大な爆弾を落とした。比呂美が目を丸くする。 「おばさん!?」 「さ、始めましょう。大叔母さんは早いから煽られないようにね」 理恵子は少しだけ悪戯ぽく笑った。 その少し前。 眞一郎は機嫌が悪かった。 去年もそうだが、元日は家族で暮らし、2日は両親が年賀の挨拶に呼ばれ、眞一郎と 比呂美が留守番をする。つまりは2人水入らずで正月を過ごせるという事で、大いに楽 しみにしていたのである。まして受験もあってここ最近ほとんどデートもしていない。 ようするに、これが受験前に比呂美と2人だけで過ごす最後のチャンスだったわけで、 それがこんな形でご破算となってむくれていたのである。 「眞一郎、その眉間のしわ、何とかしろ。正月だぞ」 ひろしが嗜める。 「んな事言ってもさ・・・・」 「大叔父さんや大伯母さんの前でも、そんな顔してるつもりか?」 「なんで今年に限ってうちで年始の集まり開くんだよ?こっちは受験生だぜ」 「どの途勉強などせんだろう」 実も蓋もない物言いに眞一郎がますます不機嫌になる。 「比呂美だって・・・・準備で立ちっぱなしで・・・・疲れてるだろうに」 「だから、これでいいんだ。年始周りで何軒もはしごさせるより、こうして集めてしま えば紹介が一度で済む」 眞一郎がひろしを見る。ひろしの表情はほとんど変らないが、何故かこの時、眞一郎 にはひろしが悪戯ぽく笑ってるように見えた。 「親父・・・・初めから、そのつもりで・・・・?」 「比呂美がどれだけいい娘か、俺達が口で言うより、働いている姿を見せた方が早いか らな。 「男衆の相手は俺達の仕事だ。蔵は継がなくても、家を継ぐ以上はお前も振舞い方を覚 えておけ」 ひろしが眞一郎に向けて言う。 理恵子と比呂美、それにひろしの従兄弟の妻と理恵子の妹の4人で料理と配膳を進めて いく。比呂美は初参加だが、元来気の利く娘である。すぐに順応して流れに入っていく。 居間と隣の部屋の間仕切りを取った広間で待つ側も、この若い新参者に対し、特に変 わった反応をするでもなく、理恵子たちと同じように接している。 家族が増えることには慣れているのだ。特別視されない事が比呂美は嬉しかった。 途中、理恵子の妹と2人だけになる時間があった。 「大丈夫?疲れたんじゃない?」 「いえ、大丈夫です」 「比呂美ちゃん、だっけ?姉は厳しすぎたりしてない?」 当然の話だが、理恵子と比呂美の間にあった事は一切家の外に漏らしていない。理恵 子の妹の言葉は、一般論としての心配である。 「いえ、とても優しくしてもらっていますから」 「でも、最初のうちはうるさいと思わなかった?変な話、眞ちゃんと外歩くのも 駄目とか、 そんな事言われなかった?」 「・・・・本当に最初の頃だけですから」 比呂美は事実よりかなり控えめに肯定した。 「悪くは思わないであげてね。姉も、その・・・・おめでた婚で、随分言われたから・・・・」 比呂美もその話は理恵子から聞いていた。保守的な田舎町で、しかも地元でも有名 な旧家の跡継ぎの話ということで、かなり肩身の狭い思いをしたのだと。それ以来近所 の噂に異常に過敏になっていたと打ち明けてくれていた。 『だからと言ってあなたの行動まで縛る言い訳にはならないけど』 そう理恵子は詫びていた。 「うちみたいな普通の家庭の娘が、仲上の嫁に、それも、子供が出来たからって理由で でしょう?かなりひどい事言われてね。正直に言うと、私まで悪く言われて、暫らくお 姉ちゃんが嫌いになったくらいよ」 「・・・・そうだったんですか」 「でも、お姉ちゃんはもっと辛かったんでしょうね。好きな人との間に出来た命なのに、 ある事ない事言われて・・・・奥さん、あ、眞ちゃんのお祖母ちゃんね、あの人が味方してく れなかったら、耐えられなかったかもしれない」 その話も理恵子から聞いた。本人を前に構わず噂話をする近所の人に、義母はつかつか と近づいていき、 『私の娘に不満があるなら、私にお言いなさい』 と一喝した、という話である。 「ところで比呂美ちゃん、姉の事はどう呼んでいるの?」 「え?あの、おばさん、ですけど」 「今度、『おかあさん』て、呼んでみたらどうかしら?」 「え?」 「遅かれ早かれ眞ちゃんと一緒になるんでしょう?姉が今日仲上に皆を呼んだのも、比呂 美ちゃんを紹介するためなんだろうし、もうお義母さんでもいいんじゃないかしら」 比呂美は赤面した。朋与や他の友人からもからかい半分に言われる事もあるが、親類― ―に、なる予定の人物――から言われるのは重みが違う。 「そうですね・・・・そう呼べるようになりたいです」 微妙な言い回しに理恵子の妹は少し怪訝な表情をしたが、すぐに笑顔になり、 「お願いね」 とだけ言った。 宴は賑やかなものだった。 仲上家を入れれば23人が一堂に会するのである。まとまりも何もあったものではない。 ひろしも一世代上の親戚に囲まれてはいつもの厳格さを保ってはいられず、「ひろちゃ ん」「ひろ坊」と子ども扱いされている。さらに酒が進んで口が滑らかになっていくと、 理恵子や眞一郎が何度も聞かされているひろしの幼少時の話を、新たな家族に吹き込むの だった。 「比呂美ちゃん知ってるかい?こいつ泳げないんだぜ。3つの時初めて海で遊んで、波に 足取られて膝までしかない所で溺れてさ、以来水が怖くてしょうがないんだよ」 「二つのこと同時に出来ない男でな、大学の時だっけ?研究室とアパート往復する生活で 飯抜き過ぎてアパートで倒れたって話。理恵子さんが見つけなかったら、あのまま餓死し てたんじゃないか」 「おじさん、そんな昔の話は・・・・」 「今更照れるな、みんな知ってることだろう」 正確に言えば、その時ひろしを発見したのは理恵子ではない。もっとも、理恵子は訂正 する気はとっくにない。本当の発見者の娘は今行儀よく耳を傾けている。 その一方では、ひろしの伯母が、 「ところで理恵子さん、この煮つけ少し味が変わったようだけど?」 「ええ、少しですけど。お口に合わなかったでしょうか?」 伯母は不満とも満足とも言わず、 「ここの味は、新しい嫁が来るとその家の味になるねえ」 とだけ言った。 「ひろしもこれで一安心だな。眞一郎もいい嫁さん見つけたし、後は家継いでくれりゃ孫 の面倒見ながら隠居生活だ」 ひろしの従兄弟の言葉に、眞一郎と比呂美が同時にジュースをこぼす。 「孫が生まれたら、また樽酒が出てくるのかねえ」 「眞一郎が生まれた時の兄貴は凄かったからな」 「三日三晩家の前で振舞い続けたんだっけ?知ってる人も知らない人も関係なく」 周りが勝手に盛り上がっていく中で、眞一郎と比呂美は赤くなって小さくなっていく。 そんな中、ひろしは冷静に 「眞一郎は酒蔵は継がないから、まだまだ隠居は出来ませんよ。それに、比呂美は眞 一郎には関係なく、うちの娘ですから」 と応じる。理恵子と、比呂美は、それぞれにハッとしてひろしを見る。 「そうだ、眞ちゃん美大受けるんだっけ?まあ、絵描きなら兼業しながら続けていく事も出 来るし、ラベルのデザインでも幾らでも協力できるだろ。問題ない、問題ない」 客人には2人の一瞬の動揺は気づかれる事もなく、宴の雰囲気の中で明るく流れていった。 来客が皆帰る頃には、時間もかなり遅くなっていた。 「片付けは明日やりましょう。今日はうちに泊まっていきなさい。お布団用意するから」 「いえ、帰れますから」 「でも、眞ちゃんもう起きそうにないから・・・・」 眞一郎は、あの後、大叔父に酒を注がれ、断りきれずに飲んでしまった。30分後には 撃沈し、親戚一同を嘆かせていた・・・・。 「・・・・そうですね。それでは、お言葉に甘えます」 「それじゃあ支度してくるから、今日は早く寝なさい。あまり食べてなかったし、疲れてる のでしょう?」 「ありがとうございます。私、お風呂沸かしてきます」 そう言って比呂美は浴室に向かった。 確かに少し気分が悪い。酒の匂いに当てられたのか、物を食べる気にならなかった。 宴自体は楽しかった。親戚は皆優しく、昔からの家族のように接してくれた。ひろしか ら娘と紹介されたのも嬉しかった。今まで漠然と「仲上家に嫁ぐ」と考えていたが、仲上家 の娘というのは、より家族として強く結びついている気がして、それが比呂美には嬉し かった。 風呂に湯を張り、暫らく眺める。そろそろ戻ろうと思ったとき、胃が暴れる感覚が襲って きた。 洗面所の蛇口を開き、吐きながらも洗い流していく。口をゆすぎ、鏡に映った自分を見る。 「まさか、そんな・・・・」 この2ヶ月、自分の身に起きていた変調を、比呂美は今まで考えないようにしていた。 常に注意していたし、眞一郎も気を遣ってくれていた。しかし――。 誰にも言っちゃいけない。 まだそうと決まったわけではない。思い違いだって十分ありうる。 センター試験も目前に迫っている。今こんな話で動揺させてはいけない。眞一郎の将来が掛 かっている。自分の事で煩わせてはいけない。 比呂美はそう決心した。 了 ノート このタイミングでの妊娠は当初からの予定通りです 同世代の遠縁を招いていないのは比呂美を印象付ける為、台所を手伝うのが全て外様の人達なのはその方が比呂美に 教えやすいからです true MAMAN 最終章・私の、お母さん~第三幕~
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家に帰ると比呂美はすぐ仕事に駆り出された。 眞一郎としては特にすることもないので、とりあえず今日の小テストの復習をすることにした。 しかし、ものの5分も机に向かっただけで早速壁にぶつかってしまう。 教科書を広げ自分なりに奮戦してみるが、理解できないことのほうが多かった。 (答え合わせ聞いとけばよかった…) 今となっては後の祭りなのだが、自業自得だから仕方ない。 (後で比呂美に教わるか……) 何度も思うが人頼みなのが(それも自分の彼女に)なのがなんとも情けない。 眞一郎は自己嫌悪のため息をつくと、シャーペンをノートの上に投げ出し、肘をついた二の腕に頭をのせて机に突っ伏した。 視線の先には、寄せておいたスケッチブックや色鉛筆と一緒に一枚のA4用紙があった。 『今回は残念ながら、不採用になりました。』 いつぞやの不採用通知と全く同じコピー品。 それが、“雷轟丸と地べたの物語”に下された評価だった。 あれから眞一郎はもう一度“雷轟丸と地べたの物語”を描き直した。 この話は乃絵のために描いた、乃絵に捧げた絵本。 お互いが新しく一歩を踏み出すきっかけになった大切な思い出の品だ。 それを他の人に見せるのは乃絵に申し訳ない気持ちもあったのだが、どうしても他の人の意見も知りたかった。 間違いなく現時点での、自分に出来うることの全てを注ぎ込んだものに違いなかったからだ。 それだけに期待も大きかった。 いい知らせが来ると信じていた。 だから、結果を知ったときには愕然たる思いだった。 絵本作家になりたい。 そうやって生活できたらどれだけ幸せだろう。 同時に思う。 自分は絵本作家になれるのだろうか? なれるだけの実力が、才能があるのだろうか? 夢を追い続けるのは悪いとは思わない。 ただ、いつまで追い続けてゆけるのだろう? 大人になって、社会人になったときに、夢だけ追い続けるわけにはいかないだろう。 何年、何十年経って、夢を叶えられなかったときに、比呂美は側にいてくれるのだろうか? (……また同じこと考えてた) そう、最近は一人になるとこんなことばかり考えている。 言い訳をすれば、今回のテストもそのせいで集中できていなかった。 不安な将来ばかりが付きまとい、絵本に関してもずっとスランプで、アイディアはあってもいざ筆を取るとそこから形にすることが出来ないでいた。 こんな挫折を味合うのは別に初めてじゃない。 ただ、今までとは環境が変わってしまった。 眞一郎が立ち上がって窓の外を見ると、ちょうど父親が酒蔵に入って行くところだった。 そしてそのまま、色々なことを思い巡らせては酒蔵を見つめ続けていた。 ──── 眞一郎は酒蔵の入り口に立って建物を見上げた。 思えばここに来ることは無意識に避けていたような気がする。 敷地内の半分以上を占めるこの酒蔵は、自分が苦手とする父親の象徴そのものでもあった。 しかし、その父親と同じように麦端踊りの花形を勤め上げ評価されたことに、わずかでも自信がついた今は、敷居をまたぐことに気後れは薄れていた。 中に入ると、奥の方に何かの装置を覗き込む啓冶の姿が見えた。 酒屋の息子として、製造過程くらいは一通りわかるが、その間の細かい作業までは知らない。いや、知ろうとしてこなかったというのが正しいかもしれない。 何か声をかけようと思うのだが、気の利いた言葉が思い浮かばない。この辺はまだまだなのかなと眞一郎は自嘲した。 「どうした?」 そんな眞一郎に気付いた啓冶の方が声をかけた。 「ん……勉強してたんだけど、気分転換にちょっと」 「それにしてはめずらしいな」 寡黙な父親が少し笑ったように見えたのは眞一郎の気のせいだろうか? 少し休憩するかと、啓冶はどこからか缶ジュース持ってきて眞一郎に渡すと、比呂美に一人暮らしがしたいと告げられたあの階段に二人で座った。 普段から必要以上の会話のない二人なだけにしばらく沈黙が続いていたが、意を決して眞一郎から話しかける。 「親父はさ、何か他にやりたいこと……って言うか、なりたいものとかあった?」 啓冶は少し考え込み、 「……そうだな、警察官だとか野球選手とか。小学生が文集に書くような漠然としたものだがな」 「俺くらいの頃は?」 「その頃にはここを継ぐことを考えてたな」 「そっか……」 ジュースを一口飲む啓冶に対し、眞一郎は缶を両手で握ったまま視線を落とす。 広い空間なだけに、二人が黙ってしまうととても静かに感じる。 父親と二人きりという状況も相まって、眞一郎は手足が固まってしまうような微妙な緊張感が身体を支配するのを感じた。 それでも、これを振り払わなければもう一歩踏み出せないのも分かっている。 「俺……今のままでいいのかなって……やっぱりここを継ぐべきじゃないかな……?」 仲上の家に生まれてきたのなら酒蔵を継がなくてはいけないのかもしれない。 ただ他にやりたいことがあった。それだけのことだ。 だから、今まで啓冶に対して酒蔵のことを自分から口にすることは無かった。 それだけに、眞一郎は勇気を振り絞ったつもりだった。 (……これでいいんだ) 自分を納得させるように心で呟く眞一郎。 だが、啓冶は眞一郎の心理を見抜いて言い放った。 「逃げるなよ」 「え?……」 「お前がここを継いでくれるというのは素直に嬉しい。少なくともこの仕事を認めてくれたということだからな。 ただ、逃げ場として選ぶのは止めろ。それはお前のためにならない」 「……………………」 眞一郎は黙り込むしかなかった。 絵本作家になりたい。だがその保障は無い。 酒蔵を継げば少なくとも絵本作家よりは将来は保障される。 安易な考えと言われればそれまでかもしれないが、 それが自分以外の誰かを幸せに出来る最良の方法だと眞一郎が出した答えだった。 『それはお前のためにならない』 ならば、自分の幸せは、夢へのこの想いはどうなるのか? 自分でもわかっている。今の気持ちのまま酒蔵を選べば少なからず後悔することを。 それでも、酒蔵を継いでもいいという思いも決して半端な気持ちじゃない。 そうじゃなかったらこうして父親に告げたりしない。 (……どうするのがいいんだよ) 天秤の秤がいったりきたりと眞一郎を悩ませる。 そんなふうに悩む息子の姿を、啓冶はどこか嬉しくも思った。 「守るものがあるのと、大変か?」 「え……?」 啓冶が少し笑う。 『守るもの』が何を指すのか分かりやす過ぎて、眞一郎は赤くなる。 「ここを継ぐことを俺は強要したくない。お前にはお前の夢があるだろう。 だからお前はやりたいことをやればいい。 俺にはそういうものがなかった。……少し羨ましくも思うよ」 「親父……」 酒蔵を継いだときのことを思い返すように啓冶は遠い目をする。 「ちゃんと向き合い自分で出した答えなら、どちらを選んでも、俺も母さんもそれを後押しする。 親が出来ることはそれだけだ」 「………………」 眞一郎は目を伏せる。油断すると涙がこぼれそうだったから。 「何も今すぐ決めなくてはいけないわけじゃない。卒業するまで時間はある。 こういうのは何かのきっかけで答えが出るもんだ。 その時まで、焦らずにじっくり悩め」 そう言って啓冶は「休憩は終わりだ」と立ち上がる。 「そういえば──」 仕事へ戻りかけた啓冶がふと振り返る。 「絵本はどうなった? あれからだいぶ経つが」 「あ……」 確かに絵本を見せると口約束していたことを眞一郎は思い出す。 決して忘れていたわけじゃないが、あの一件以降、比呂美にばかり気が向いて後回しにしてしまっていた。 そもそも、あの時 描き上げた絵本は乃絵にあげてしまったし、描き直したものも出版社に送ってしまって手元に無い。 「あの時のは……人にあげちゃって。その子のために描いたものだったから……ごめん、今は無い」 「……そうか」 啓冶は少し残念そうな顔を見せたが、 「喜んでもらえたのか?」 「え?──」 「その子のために描いたんだろう? 絵本、喜んでもらえたのか?」 「……………………」 どうだったのだろうか? あの時 乃絵はどんな想いで読んでいたのだろうか? 決別の証になってしまった絵本。 比呂美が好きだと分かっていて、彼女はそれを受け入れてくれた。 振り返らずに、前を向いて歩いてくれた。 自分勝手な、都合のいい受け取り方かもしれない。 『それでも眞一郎が『飛べる』って信じてくれたから今の私があるの』 その言葉を、応えだと信じたい。 「……たぶん」 「そうか……よかったな」 そうだった。 乃絵のために描いたのだから、乃絵が受け取ってくれたのならそれでよかったのだ。 万人に評価されることを期待する必要など、まして評価されなかったことを悔やむ必要など無い。 あの絵本にはちゃんと価値があった。 無駄じゃなかった。 「…………うん」 眞一郎は心にかかった霧が少し晴れるのを感じた。 ──── その頃 比呂美は、台所で晩御飯の仕度をしていた理恵子へ、仕事を終えた報告をしに来ていた。 「頼まれてた分、終わりました」 「ご苦労様。悪いんだけど、今度はこっちお願いしていいかしら? 洗濯物片付いてないのよ」 「はい。分かりました。あ、カレーですか?」 理恵子の隣に立ち、煮込まれている鍋の中身を覗き込む。 「そうよ。後はルーを入れるだけだから。たくさん作ったから今日はあなたも食べていきなさい」 「はい、ありがとうございます」 眞一郎と父親の空気が以前より和らいだように、比呂美と理恵子の間柄もだいぶ和やかになってきていた。 それでも比呂美にとって理恵子はあらゆる意味で特別な人で、彼女と二人でいるときはいつでもわずかな緊張感があった。 「そういえば、あの話はどうなったのかしら?」 つけていたエプロンを外し、比呂美に渡しながら理恵子が尋ねた。 「あの話……ですか?」 なんの事かすぐには思いつかず、比呂美は小首をかしげる。 「アルバイトの件よ」 新学期になった頃、理恵子との会話の合間に「アルバイトしようと思ってるんです」と漏らしたことがあったのを比呂美は思い出した。 石動純のバイクの一件は彼の好意でお咎めなしとなったが、それとは別に一人暮らしでいままで以上に仲上家に負担をかけている分を少しでも補えればと、アルバイトに関しては前々から考えていた。 「まだちょっと見つからなくて……」 しかし、時間を見てはいろいろと探してはいるのだけど、部活に打ち込んでいる比呂美にとってまとまった時間を取るのが難しく、なかなか条件に見合う職場を探せずにいた。 「そう……だったら、うちの仕事をもう少しこなしてもらってお給金を払うのはどうかしら?」 「え?」 思いがけない理恵子の提案に比呂美は、 「それは……ここでしてることは恩返しの一つで……お金なんてもらえません」 仲上家に負担をかけないようにと思っているのに、仲上家からお金をもらっては意味がない。 比呂美は当然申し出を断ろうとしたのだが、 「前々から考えてはいたのよ。あなたはこの家の娘ではあるけれど、私は一人の女性としても見ていきたいの」 「……一人の女性ですか?」 「そう……詳しいことまではわからないけれど、一人暮らしするって決めたのは少なからずそういう立場に身を置きたかったからじゃないのかしら? 家族や、同居人、幼馴染としてじゃなく、“湯浅比呂美”としてね」 「……………………」 決断したのにはいろんな意味があった。 自立、諦め、抗い、期待……その全てが仲上眞一郎に湯浅比呂美を見てもらうための決断。 そのことを理恵子はしっかりと見抜いていた。 「だから私もそういうふうに接するわ。家族であるまえに、息子の彼女だものね」 さあっと頬を染める比呂美を見て、理恵子は意地悪そうに微笑む。 「これからはお金受け取ってもらえるかしら?」 「…………はい。ありがとうございます」 比呂美は深く深く頭を下げた。 眞一郎との関係を認めてくれていることや、湯浅比呂美個人を尊重してくれていること。 いくら頭を下げても感謝しきれないくらい嬉しかった。 「そんな改まることでもないでしょ。 そうね……いつか本当の娘になったら……その時は覚悟しておきなさい」 言葉の厳しさとは裏腹に、不適な笑みを浮かべて理恵子は台所を後にした。 いつか本当の娘になったら…… いつか本当にそんな日がくるのなら…… 「……よろしくお願いします」 言葉の意味を深くかみ締め、比呂美はもう一度頭を下げるのだった。 ──── 「ごちそうさま」 眞一郎は皿に一粒の米も残さずカレーを食べ終えて、満足と言わんばかりに後ろに手を付いて息を吐いた。 「比呂美、お茶くれる?」 「うん」 比呂美はまだ食事を終えてないが、いやな顔ひとつせずに、むしろ眞一郎に用件をもらえることが嬉しそうにお茶を注いだ湯飲みを差し出す。 「……ところで眞ちゃん」 「ん?」 お茶を飲んでいるところを、ちょうど食事を終えた理恵子に話しかけられ、目線で返事をする。 「あのテストの点はなんなのかしら?」 「──! んん゛!」 理恵子の言葉に思わず噴きそうになってしまって必死にこらえた。 眞一郎の部屋に洗濯物を持って行ったときに机に広げられていた答案を見たというのだ。 ちょうど眞一郎が酒蔵に行って席を外していた時だ。 なんで隠しておかなかったのかと眞一郎は後悔した。せめて伏せておけばよかった。 ……この母親のことだから詮索したかもしれないが。 「……まったく。いろいろやりたことがあるのはわかるけど、本分をしっかりしてもらわないと。みんながこんな点数だったわけじゃないでしょうに……そうでしょ?」 「えっ?」 小言の合間にいきなり水を向けられたじろぐ比呂美。 「比呂美ちゃんはどうだったの? テストの点」 「あ……その……」 思わず眞一郎に目を向ける。自分の点を言えばもっと眞一郎が責められてしまうかもしれない。 が、理恵子に対して嘘のつけない比呂美は正直に自分の点数を告げた。 (ごめんね眞一郎くん……) 心の中で彼氏に頭を下げる。 「比呂美と比べるなよ……」 ふてくされた顔で呟く眞一郎。 もちろん比呂美が優秀なのは周知の事実なのだが、今は“彼女”なだけに余計に惨めな気分になる。 「二人の出来が違うことくらいわかってます。できるできないじゃなくて、やったかやらないかを問いてるの」 「……やってないです」 厳しく言われ、素直にそう答えるしかない眞一郎。それを受けて理恵子は重くため息をついた後、 「比呂美ちゃん、眞ちゃんの勉強見てもらえるかしら?」 「あ、はい。もともと次の中間テストのために一緒に勉強しようって決めてたところでしたから」 「そう……だったら眞ちゃん」 「何……?」 もう何を言われてもいいやという心境でいた眞一郎は、次の母親の言葉に耳を疑った。 「明日休みなんだから早速泊り込みでお世話になってきなさい」 「え……?」 「おい……」 耳を疑ったのは眞一郎だけではない。比呂美も、それまで傍観していた啓冶でさえ理恵子の言葉は以外だった。 「あなたにはあとでちゃんとお話ししますから」 「…………ん」 理恵子の真剣な表情に、啓冶はそれ以上口を挟むことはしなかった。 「ほら、眞ちゃん。遅くなる前に準備しちゃいなさい」 「……わかったよ」 いきなりの展開に流されるまま眞一郎は居間を後にして、自室に準備に戻る。 かといって反論するつもりもない。比呂美と二人きりになれる状況をわざわざ作ってくれたのだから。 ただ、その状況を用意してくれることが驚きだ。それも泊まりでなんて…… (……なんか試されてんのかな……) ──── 「お夕飯ありがとうございました」 「また食べに来なさいな」 帰り支度を整えた比呂美は、いつものように玄関先で理恵子に挨拶を済ませる。 「じゃあ、行ってくるから」 そしていつものように眞一郎がアパートまで送るために靴に履き替える。 (でも今日はそのまま泊まっていってくれるんだ……) 比呂美は嬉しいような恥ずかしいような、まるで遠足の前日のような静かな高揚感を感じていた。 その気持ちが顔に出てしまっているのを理恵子は見逃さなかったが、何も言わずただ微笑んだ。 「ほら、襟が曲がってるわよ」 「いいよ、自分でやるからっ、行ってくる」 母親の手を軽く払いのけて、自分で襟を正して眞一郎は玄関を後にする。 それを見て比呂美も理恵子に会釈をして仲上家を後にした。 暗闇の空には満月から少し欠けた月が煌々と輝いていて、街灯がない場所でも十分明るかった。 5月とは言えども日が暮れてしまうとまだ少し肌寒い。加えて今日は海岸から吹き付ける風が冷たかった。 でもその分、眞一郎の自転車の後部に横向きに座る比呂美は、彼の腰に両手を回してぴたっとくっつける口実になって嬉しかった。 「ったく……おふくろには参っちゃうよ……」 比呂美を乗せゆっくりと自転車を漕ぎながら愚痴をこぼす眞一郎。 正直、比呂美の前であんまり子供扱いはして欲しくない。 実際子供だとはいえ、どうしても気恥ずかしさが先行してしまう。 「それだけ眞一郎くんのこと心配で、大切なんだよ」 「そうかなぁ……?」 母親は厳しかったり、甘かったりで、真意がいまいちつかめない。 「そうだよ。おばさんの気持ち、なんとなくわかるな」 「同じ女だから?」 「それもあると思うけど……だっておじさんと好き合って、その間に産まれた眞一郎くんだもの。 もし私が眞一郎くんの赤ちゃん産んだらきっと溺愛するもん」 比呂美がさらりと凄いこと言って退けたので、眞一郎は思わず絶句してしまう。 その空気を感じ取って自分が何を言ったかようやく理解した比呂美は顔を真っ赤にしてしまう。 「えと、そのっ、例えば。例えばの話しだから……(何言ってるの 私ったら……)」 「そうだよなっ、……ははっ……(びっくりした……)」 その後なんとなく会話が進まず、二人は短いアパートまでの道のりをぎこちない笑みで乗り切った。 ──── 「あの子のために何かしてあげたいんです」 理恵子は啓冶の晩酌の用意をしながら、話しを切り出した。 「比呂美にか?」 「はい……」 とっくりに入った酒をお猪口に注ぎながら、理恵子は間違いなく『比呂美のため』と口にした。 「あの子が家を飛び出したあの日まで、私はあの子と向き合ってこなかった…… 私が言った一言で、あの子がどれだけ苦しんで、尊厳を、想いを傷つけてきたか…… それで許されるとは思わないですけど、あの子のために何かしてあげたいんです」 「……そうか」 妻の告白を啓冶は素直に受け止めるも、 「だが……お前の気持ちも理解できるが、もし間違いあったら……」 眞一郎と比呂美が好き合い、付き合っているのは知っている。 間違いが指すのは比呂美の妊娠以外に他ならない。 二人のことは信頼している。 それでも何が起こるかわからない。 「そうですね……」 しかし、そんな夫の心配をよそに、理恵子は大胆なことを言ってのけた。 「そのときは思い切り叱って、それから……暖かく迎えてあげるつもりです」 「………………」 さすがの啓冶も、理恵子の想いの強さに驚く。 あれだけ比呂美に対し敵意を向けていた妻の姿はもうそこにはなかった。 あるのは、子を想う母親の姿…… 「比呂美が眞ちゃんといることが一番の幸せと言うのなら、私はその後押しをしてあげるだけです。 誰かを想う気持ちがその人にとってどれだけ大切なものか……それをあんなふうに踏みにじって…… 私も知っていたはずなのに……あの子が、思い出させてくれたんです」 と、理恵子は自分の夫となった最愛の人を憂いめいた瞳で見つめた。 それを受けた啓冶は少し考え込み、 「……すまなかったな」 「……どうしたんですか突然」 「昔のことも、比呂美を引き取ったことも、もっときちんと話し合っておけば、お前に余計な不安を抱かせることもなかったかもしれない。……許してくれるか?」 謝罪の言葉に、理恵子は優しく微笑み、 「あなたが不器用なのは最初からわかっていますから…… 実直で、不器用で、そういうところ、可愛らしいですわ」 「……可愛いはないだろう」 男としてあまり嬉しくない言葉も、気恥ずかしさを感じ、照れ隠しにお猪口を口に運ぶ。 「私もいただこうかしら」 理恵子は湯飲みを差し出すと、啓冶は酒を注ぐ。 「あまり飲みすぎるなよ」 「たまにはいいじゃありませんか。もし酔ってしまったら……介抱して頂けます?」 悪戯に微笑む妻に、啓冶はただたじろぐばかりだった。 ──── ─お詫び─ 後半の展開が「比呂美のバイト その4」とかぶってしまってすみません。 投下されたときにはもう出来ていたので、直すのもなんだかなぁって感じで。 あとママン書き氏のどれかともかぶっていたような……思い出せなくてすいません。 ─言い訳─ あと今回分はいろいろと違和感があるかもしれませんが、あまり深く考えないで読んでください。 書いた本人もあまり納得いってなくて……かといって実力的にこれ以上は無理だと判断。 毎回ワンパターンだし、ボキャブラリーが足りなすぎる(・ω・) そもそもあの絵本はどうなったんだろう? 別れるときに乃絵も眞一郎もどっちも手にしてないような…… ここでは乃絵にあげたってことにしちゃいました。 やっぱヒロシのがよかったかな…… ちょっといい話みたいな展開になってますけど、 あくまでこの作品のコンセプトは「比呂美とベロチューしながら対面座位で中田氏したい」ですよ? ─言い訳・2─ この続き8割方できていたのですが、HDDと共に逝ってしまいました… 油断してバックアップもとっていなかったので、もう茫然自失でして… ようやく書く気力も戻ってきたのでいつの日にか続きを投下したいと思います (08/10/04)
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それは銀河系の彼方、深く冷たい闇から来た。 それは誇り高く、使命と伝統のためなら躊躇なく殉ずる覚悟を持つ戦士であり───残虐無比であった。 富山県某市。夜道を長い髪をした清楚な少女が歩いている。 日はとっくに落ち、いくらかの人はもう寝ているであろう遅くに、年若い少女がたった一人でいるのは理由がる。 彼女の母親─住まい先の─に命じられ、取引先の家庭に届け物があったのだ。送るという相手の誘いを断り、今は帰宅の途であった。 名を湯浅 比呂美という。 怪物の目的は砺波市にある自衛隊駐屯地であった。 強襲を受けた防人は寸前まで勇敢に抗ったが、凄惨な最期を迎え、心ならずも自らの髑髏を怪物に明け渡した。 とはいえ決死の反撃に怪物も手傷を受け、邪魔をされずに傷を癒すためにそこから遠くへ足を運んだ。 「やめてっ・・・!くぅうっ!はな・・・して・・・!ゲッホ!」 道脇に停車してある黒いバンの中からくぐもった悲鳴が漏れる。しかし、近隣の住宅に届くには小さすぎる。 比呂美が車のエンジン音に気付いたときには手遅れだった。 ヘッドライトを消して猛スピードで比呂美の行く手を塞いだかと思うと、中から無数の手が伸び彼女を引きずり込んだのだ。 「おら手ぇ押さえろ!そっちそっち」 「足開けボケ!殺すぞアマ!」 「かわいいねーきみー。高校生?ビデオで全部撮ってあげるからねー♪」 「あれ、ケンジやんねーの?めっちゃおまえの好みじゃん」 「ジョジョの新刊読むからパス」 彼らは県外から来た一流大学のサークル仲間だった。平静は品行方正で通り、金にも女性にも不自由しないエリートにも関わらず、 月に何度か周囲には男だけの親睦合宿と称して、地方の娘をレイプして回る凶行を何年も繰り返していた。 比呂美を選んだのもたまたまという、それだけであった。 「おねがいします・・・云うこと全部聞きますからホテルでしてください」 恐怖で気が狂いそうになりながらも、必死で冷静を保つ比呂美は抵抗を止め、痛みを最小限に留めることにする。 「えーマジー!!超淫乱じゃねオマエ。どーする?」 「たまにはいっか。あ、逃げらんねぇように服全部脱がしとけよ」 「・・・自分で脱ぎますから、破かないでください」 抵抗しないならレイプの醍醐味は半減である。それに落ち着いて見るとTVでもそう見かけない稀な美少女といっていい。 彼女が進んで奉仕してくれるのならそれはそれで大いに楽しみようがある。 比呂美は自ら進んで裸体になっていく様を鑑賞される恥辱を必死に耐える。 (眞一郎くん・・・助けて!) 全身を嘗め回すような視線を感じる。視姦されているのだ。己の内面が汚れていくのを感じる。 いっそ必死で抵抗すれば尊厳は守れる。そう、愛しい人に対する心は。 しかし、そうすれば身体に残った爪痕によって、彼に愛してもらう、ほんの微かな希望さえ失せてしまうのではないか。 彼はそんな人物ではない。それは確信できる。 しかしそれでも肉体に証拠が残らないよう努力する行動を選んでしまう。 胸が膨らんできてサイズの合わなくなってきたシャツを窮屈そうに脱ぐと、豊潤な乳房がたゆんと弾む。 その間も比呂美は歯が鳴るのを堪え、膝が震えるのを我慢していた。 指がジーンズのジッパーにかかり、淡い縞のショーツを露にして、わざと臀部を見せ付けるようにするのも、 両目にたたえる殺意を悟られないためである。 しかし被虐心を起こさせまいとする比呂美の過剰な演出は裏目に出る。 一同はホテルについてから事を行う、という了解がなんとはなしにできていたが、 男子ばかりの臭いが充満した車内にあって、若く健康な少女の放つ芳香はたちまち場を狂わせてゆく。 汗の染み付いたスポーツブラを外し、薄桃色の乳首が現れたところで遂に一人が暴走する。 「おぉぉぉ!マジたまんねぇわ!一発抜かせろよ」 盛りのついた雄が比呂美の柔肌に覆いかぶさり、滾った肉竿が太ももに擦れると全身に悪寒が走る。 「やっ!ホ、ホテルで・・・待って・・・」 願いも空しく首筋を舌が這い回り、乱暴に胸を揉みしだかれ乳頭を捻られる。 「あっ!・・・くっうぅう・・・んっ~!」 尻をこねこねと弄繰り回され、唾液を頬に垂らされると比呂美の精神は限界に達した。 今の瞬間まで心を殺して、現在の悲劇を他人事のように思おうとしていたが、 女子の尊厳を踏みにじられる汚辱を実感するに至ると、彼女の怒りがそれを許さなかった。 「あっ、初めてだから、キ・・・キスしてください」 比呂美は男の腰に太ももを絡ませ、首に手をかけると強請るように舌を伸ばす。 「へっ、度スケベが」 比呂美はむしゃぶりつくように口腔をぶつけ、舌を絡ませながら、男のズボンの中で窮屈にテントを張ったペニスを探り出す。 周囲も漫画でしかありえないと思っていた和姦の様に、手を出さず鑑賞を決める。 狭い車内で体勢を入れ替え、比呂美が男の上になると自らの秘所も慰めつつ、フェラチオの体勢に入る。 「おねがい、じっとして・・・」 運転していた男もとうとう溜まらずに、ブレーキを踏んでして後ろをを振り返る。 「ぎゃあああーーーーーーーーーーっっっっ!!!」 急停車による慣性で一同が傾いた刹那、比呂美は先ほどまで肌を合せていた男の睾丸を渾身の力で握りつぶしたのだ! 甘い淫欲の空気を一変させる断末魔で一瞬、男たちは思考を停止する。 その隙をついて比呂美は一番傍に男の鼻に向かって掌を打ち込む。鼻骨が陥没し脳まで刺さり、意識を失う。 残るは運転手を含め4人。友人を破壊された怒りで男が無理やり掴みかかるが、狭い車内と転がる男たちのせいでうまくゆかない。 比呂美は小柄なフットワークを活かして、2人がかりにならないよう体勢を入れ替えながら、 その男の小指を捻りあげると流れるような一連の動作で肘と肩を極め、その行動を完全に支配し、他の男たちの盾にする。 「いでええええええ!!!やめろやめろやめろぉ!」 「全員車から降りて!」 捕まった男は幼児のように顔中から液体を滴らせ、許しを懇願する。 一方、他の男たちは友人を助けようか算段したものの、このままでは全員の将来が危ういと思うや、見捨てることを無言で決めた。 怪物は純粋な興味からその様を観察していた。 強制繁殖は珍しくもないし、特にこの惑星の知生体間ではその傾向が顕著である。 しかし、大概においてひたすら蹂躙されるばかりの片方が、 たった今、圧倒的不利から逆転の兆しを見せたことに戦士として関心を覚えたのだ。 ザグッ 「げぼっ」 比呂美に拘束された男は無条件に仲間が助けてくれるとばかり信じ込んでいたが、別にそんなことはなかった。 男の一人が椅子の下に隠していた大型のアーミーナイフで彼の肝臓を抉りこむように突き刺し、暴れないよう絶命させる。 彼らが殺人をしたのは初めてではない。時折、頑なに抵抗する女子や、その彼氏などは配慮無用とばかりに 暴力を楽しんだあと、海なり山なりに捨ててきた。そして刺した男は特にそれをばかり楽しんでいた。 「おまえ死姦してやるよ」 死体となってしまえば盾となる体は重い肉袋である。 だが比呂美は偽装の淫行に興じる間、この展開も予想していた。 ナイフ男が刺したのと合わせて、死体を足で突き飛ばす。ナイフ男の体勢が崩れたと同時に、挟んだ死体の隙間から パンッ! と手の甲で相手の眼に叩き、顔を背けた刹那、耳に中指を突き刺した。 「うをわああああ!」 「てめぇ!」 「外に引きすりだせ!」 運転席と助手席の男たちも懐から武器を出すと、一旦車から降りる。 ナイフ男は痛みでガムシャラに暴れるが死体がぐったりと突き刺さり、蛇口のように垂れ流れる血も 手をヌルヌルにして一向に凶器を引っこ抜けない。比呂美も水溜りのように辺りを濡らす血にずっこけながらも、 まるでナイフ男に抱きつくようにタックルをかけ、重心をずらし、必死に腕力で圧倒されないようぶつかってゆく。 「うおおおおおおおおおおおおおっっ!!!」 比呂美の心の深く暗い奥底、あらゆる不幸や忍耐によって生まれた醜い真っ黒い獣。 残虐な本来の彼女、その猛獣が理性という鎖を無理やりに引きちぎり、産声を上げた。 「がっ!げぼぼぼぼ・・・げむ」 時計の針にすればほんの一振り。1秒に満たない時であったが、その間に比呂美は必死に抵抗する相手の腕の間を水のように縫い、 果実を摘むようにして喉を細い指で潰した。ナイフ男は陸に上がった魚のように痙攣しながら血が喉に詰まって息絶えた。 後部座席のドアが左右から勢いよく開かれる。が、男たちは仰天する。 ほんの一瞬、外に出て回ったら、車内は塗装したように真っ赤になり、先ほどまで少女を殺そうと暴れていた男はゼンマイ人形の ようにバッタンバッタンとのたうつばかりであったのだから。 「おいっ、そこっ!」 「へ」 シュッ ドアの隅に身を寄せていた比呂美は隠れるというにはお粗末だったが、凄惨な光景にショックを受けた男たちには精神的に死角だった。 あれだけナイフ男が抜こうとして出来なかった、死体に抉りこんだナイフをあっさりと抜き取っていた彼女は 力むでもなく、撫でるようにして左側のドアから来た男の頚動脈を裂いた。 噴水のように鮮血が比呂美の全身を彩っていくが、それを気にも止めず、もう一方に向き合う。 「狂ってやがる・・・」 とうとう残り一人となったレイプ集団だが、これまでのようにはいかない。 腹が据わった相手となれば、体格で劣り、疲労も困憊している比呂美が正面から当たっては勝ち目はない。 「ここらでお終いにしようや。俺は出て行く。おまえは帰る。な、もう会うこともないだろ?」 「悪くないけど・・・やっぱりあなたには死んでもらうわ。刺し違えてでも」 比呂美は血でドロドロに汚れたアーミーナイフを、今さっき屠った男の服で拭うと、 その男が使うはずだったチェーンを片腕に巻いて車から降りる。 全裸に人の血で真っ赤に染まったその姿はさながら血化粧をしたネイティブ・アメリカンの歴戦の戦士のようである。 怒り、悲しみ、憎しみ・・・あらゆる感情が顔面に沸き起こり、それらが殺意という意思でひとつにまとまったとき、 彼女の口には知らず笑みが浮かんでいた。 「・・・傀儡めっ!」 出会ってから10分と経たない男女が始めた狂気が佳境に入るなか、 その空気を日常とする怪物は彼らの息遣いが感じられるほど傍まで近づいていた。 月明かりと遠くからの外灯のみが頼りではあるが、 2人がよく注意すれば、すぐ傍らの闇に光る眼と、擬態によって歪んだシルエットを見たはずである。 怪物は2人の─特にまだ成人にも至らぬ少女の─感情を、精緻な観測機能によって細部まで味わい楽しんでいた。 数分前までは地球上の至るところにいる凡庸な少女が、尊厳(この理由も誇りを重んじる怪物の好奇を誘った)を守るため、 先ほどとは全く別の生物へ‘変身‘を遂げたことを、発汗、体温、血圧などが如実に示している。 とはいえ相手の男との体格差は依然圧倒的であり、それは心気の変化だけで埋められるほど容易くはない。 それに先ほどまでの死闘は彼女の敏速な奇襲であり、対等な勝負ではない。 故にこの一戦こそ少女が単にキレただけか、それとも稀有なる真の戦士に覚醒したかを決定するのだ。 ガギンッ! 最後の男が放った金属バットのから一戦が空を切り、ガードレールに火花をたてる。 比呂美も隙を突いて間を詰めるが、男の膝が余力を溜めていると感じるや、後ろに跳んで安全を保つ。 男も体勢を立て直すとバットを腰を沈めて構えなおし、再びジリジリと距離を詰める。 男は値の張る運動靴を履き、バットも使い慣れている。高校時代は野球部で汗を流し甲子園まで行った。 結局、スポーツでは一流になれず、流されるまま爛れた大学生活を送って輝いていた栄光は、今や苦痛でしかなく、 旧友とも顔をあわさず思い出すことも今ではなくなっていた。 しかしとうに忘れた筈の‘負けることは死ぬに等しい‘と思っていた緊張感がフツフツと蘇ってくる。 泣きたいほど逃げ出したい困難に全力で踏み出す快感。 思えば惨い最期を迎えた友人は、行いからすれば当然といえる。というより、所詮法の器だったわけだ。 罪に対する罰、世の定法を破るものこそ世を動かすに相応しい器。そう、彼女はその試練なのだ。 彼もまた比呂美の殺意に中てられて、雄の野心が目覚めていた。 今宵、闇には獣が3匹現れた。果たして最後に立っているのは誰だろうか。 (眞一郎くん、会いたいな) 今、踵を返し、この場から逃げたら追いつかれるか。だが大声で助けを呼びながら逃げればうまくゆくかも。 男も人が来れば当然‘逃げる‘。いや、可能性さえ示せばいい。実際に助けがこなくても。 それだけで自分は家に帰り、命を拾える。 「あっ、お巡りさん!助けて!」 小学生のようなフェイクだが、比呂美の鬼気迫る演技、女の仮面によって男は刹那、注意が反れた。 瞬間、比呂美が左腕に巻いたチェーンがムチのように唸る。 ヴオンッ!ギーーーン! 男も咄嗟にバットでガードするとステップを踏んで豪腕なスイングをかける。 殴ることに特化した鈍器はガードしても、そのまま比呂美の身体は叩き潰せるのだから。 が、男の身体の外側に比呂美は入っていたので、バットは腕の力のみのスイングになる。 なんなく比呂美は交わすと、男の膝を横から踵で蹴りを入れた。 「がうぁっ!」 男が下からバットを切り上げたときには比呂美は既に安全な距離まで退いていた。 ナイフという古来の凶器に注視していた男は読み抜かれ、膝の健に傷を負う。 「っのゲロくせぇガキがああああ!!!」 か勝利を確信していた男はこの手傷で怒り、痛みを消して襲い掛かる。 今の瞬間こそ比呂美がこの狂気から離脱する最後のチャンスだった。しかし自分は‘人間‘として彼らに侮辱を受けたのだ。 比呂美はチェーンを巻いた左腕を前に伸ばし、ナイフを取る右腕を顔の傍に構え、相手にとって身体を横に向け構える。 腕で体までの空間を作り、男の横に回りながら豪風のような振りを紙一重、しかし確かにかわす。 日々の練習の積み重ねが結実し、一撃で死に至る恐怖を前にしても、相手の動きを読むことに比呂美を集中させていた。 法という手の上で庇護と裁きを」受けることは誇りさえ他者に保障してもらうことで成り立つと比呂美自身が認めてしまうことだ。 それだけは許せない。 全ての権利や自由が奪われてるのは我慢できても、自分が心を持っていることだけは放棄できない。 だから自分を玩具のように扱った彼らは比呂美自ら殺さなくてはならないのだ。 「(今!)」 防戦一方だった比呂美が針の穴を刺す正確さで腕から蛇のようにチェーンを飛ばし男の親指を砕いた。 「だがぁっ!」 しかし比呂美の注意がバットにのみ傾いた刹那、男は肩を向けて体当たりで駆けてきた! 迷いなくナイフを伸ばす比呂美だが、 男の動きが先立ったため、凶器は男の腕を掠っただけで、比呂美はその力をもろに受けて弾き飛ばされる。 「ひやっっ!」 受身もとれず派手にすっころんだ彼女はそれでも間髪置かず立とうとするが、 「遅ぇんだよっ!」 ドグァ!!! それより速く彼女の腹に男の分厚いシューズがめり込んだ。 「ゲッおあ!」 少女の体は宙に浮き、腹が万力で捻られたような痛みが脳髄を焼き、溜まらず吐しゃ物を撒き散らす。 「ゲェエええええええおおおあっ・・・」 「どうしたアマァ!」 しかし男は容赦なく比呂美のわき腹にも蹴りを叩き込む。 「~~~~っがぶぃ!」 今度は体を捻って直撃は避けたが、それでも体を内側から燃やされたような痛みで失神しそうになった。 息も絶え絶えになり、武器も投げ出して体を縮める。 「ハァ・・・お、おね・・・がい、もう・・・許してぇっ」 「許すかバカ」 とうにやめたとはいえ、指を砕かれては2度と野球はできない。その怒りはおよそ形容できるものではない。 もはやべったりと地に張り付き、鈍くのたうつしかできない痣だらけの少女に唾を吐き捨てると、 その顔面に向け80キロはあるその体重をのせた高速の踵蹴りを落とした。 比呂美は顔に風を感じた。淡い夜風でなく、突き刺さるような猛風だ。 瞳を開いたとき、有名メーカーのスポーツシューズの底デザインがゆっくりと視界を占めてくるのが目に入った。 成人男性の体重の乗った蹴りをアスファルトを背に頭部で受ければ頭蓋骨陥没か、腕で防いでも骨折は避けられない。 しかしかわすには体勢が悪すぎる。比呂美は思う。 死んじゃうんだ・・・私。どこにも行けず、何も伝えられず、ずっとずっと一人ぼっちで・・・。 ガゴォ! 怪物が嗤う。勝者が選ばれたのだ。 比呂美は避けようと身を捩る努力を捨て、打ち落とされた踵を真っ直ぐに見つめると、 その先が鼻に触れた瞬間、顎の下から伸ばした右手で踵を上に弾き、左手で脛を打ち切って、男の足を掬い上げた。 無意識の動作に比呂美自身驚いたが、生きたいという想いが思考を突破して、反射神経を呼び覚ましたのだ。 「のわっ!」 バランスを崩された男は宙に手を仰ぎながら後ろ向きに倒れる。 その隙を逃さない比呂美は腰を軸に、足で地を蹴りCD盤のようにアスファルト上を回転しながら、 蹴られたとき投げ出したチェーンを掴むと倒れるしかできない男の足を引っ掴み、目にも止まらぬ速さで縛り上げた。 「このゾンビがぁああああッ!」 男が悲鳴とも怒号ともつかない叫びであがくが、 両足に無理やり巻きつけられたチェーンはズボンの中で皮を破り、肉を裂き、骨まで食い込んでいた。 すぐさま比呂美は男をうつ伏せにして、両足を抱え上げ、海老反りの体勢にさせて体に圧し掛かる。 これでは如何な筋力差でも押し返せない。 「おぐう、やめろぉ、降参だ、です!すいませんごめんなさいごめんながぁがががが、げけこかかかかか」 ビキッッ 「ッッッッッッ!!!・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」 比呂美はそのまま限界まで男の足を抱え上げた。虫のように暴れ、泣き、許しを懇願する男の声もどこか遠いまま、 脊髄を折り曲げ、渾身の力で男の背骨を砕いたき、糞尿をズボンの内で垂れ流し、蟹のように泡を吐きながら男は白目を剥いて失神した。 怒りも悲しみも焦りもなく、ただ終わらせたのだと思った。 「ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・ハァ・・・」 緊張が途切れると、マラソンを終えたように呼吸が荒げ、全身がチクチクと痛みで疼き、筋肉は鉛のように重くなる。 立つこともままならず、比呂美はなんとか倒れないようよろけながら、その場に腰を下ろすだけで精一杯だった。 実際のところ、バスケの試合に比べれば微々たる時間だったが、 比呂美にとってはこれまでの人生の全てをその間に圧縮したように思えた。 「は、早く、帰らないと・・・叱られちゃう、なぁ」 こんな真夜中に全裸で空の下にいれば凍死してしまう。生存の幸福を味わうのは帰ってからでも遅くない。 ふとそのとき、前方の空間に違和感を覚える。眼鏡越しにみるような奇妙な歪み・・・。 カルルルル・・・ 比呂美の全身に氷の刃を当てられたような悪寒が奔り、再び脳が沸き返る。 先ほどまでの死闘がぬるま湯のように思える絶望と理解。狩猟者と獲物の圧倒的差異を皮膚で感じた。 (い、いつから・・・・・・!?いた!ずっと、ずっとそこにいたんだ!!!) 野犬や幽霊などではない。確かに脈動して知性を持つ生き物! しかし人間の放つそれとは明らかに異質の空気。比呂美の目と鼻の先に2mをゆうに体躯は武器そのものだ。 獣とも機械ともつかない巨大な何かがそこに立ちながら見る・・・そう、比呂美の眼差しをじっと見つめていた。 「・・・お、女ですよ?」 比呂美はその異形と発せられた言葉のギャップに面食らい、素っ頓狂な声を出してしまった。 もし彼(?)が宇宙人で自分がファーストコンタクトを果たした地球人だったら、歴史に自分の間抜けを残してしまう。 幸い、その予想は半分しか当たっていないので杞憂だったわけだが。 どうでもいいことだが、プレデターの台詞は音声レコーダーから大雑把に出されたもので、もちろんそんな意図はない。 狩猟者として現地の観察を厳密に行うプレデターが偶然三代吉の家の前を通りかかったとき、聞こえたフレーズを録ったものだ。 可愛らしい子に対して賛辞だと思っているが、いろいろ誤解がある。 賛辞、そう─プレデターは比呂美の持つ芸術的なまでの残虐、生存本能の個性に感動を覚えていた。 もちろん死の危機に全力で助かろうとするのは、生命の原則といえる。 しかし多くは、現実を直視せずに盲目、無策で奇跡にすがる恐怖の奴隷だ。 死は法や幻想の枠に定まらない現実そのものであり、それに打ち勝つにはそれを観察し、理解し、想像して、動くしかない。 絶望のどん底でそれが出来る者こそ戦士なのだ。 キュゥゥゥゥン・・・・ 比呂美の眼前で空間の歪んだシルエットが青白い火花をちらせながら消えていく。 「・・・・・っっっ!!!」 そこから現れたのは紛れもない異種─体型こそ人に近いが明らかに違う。 葉虫類のような肌と爪、大型動物のように強靭な筋肉、不気味な装飾品、重甲な武器の数々。 それら全てが知性と凶暴性を併せ持つ生物の生き様を物語っている。 「オ、オンナデスヨ」 つい吹き出しそうになる比呂美だった。その面はないだろう。 「傷ついてる・・・深く」 比呂美は最初、プレデターの薄汚れた体表と異臭に若干胃もたれを起こしたが、よくよく思えば汚さでは今の自分もいい勝負だ。 慣れるとそこかしこに大胆な擦過傷や銃創が作られ、それを応急措置したのがよく分かる。 「あなたも・・・?」 スケールこそ違えど、ついさっき死線を越えたもののみ味わえる、息をすることへの安堵。 比呂美はいつの間にか目の前の怪物に奇妙な共感を覚え、その胸に手を添え傷跡をなぞっていた。 プレデターの着込む網タイツ型のウォーマーは吹雪の中でも体温を保てるのでとても暖かい。 寒かったのもあって、比呂美は温もりを味わうようにプレデターに肌を寄せる。 「あなたも生き残ったんだ・・・」 腰に下げた人骨─美術で使うような模型とは質感の違う明らかに本物─のアクセサリーに気付いたが、 今の比呂美は常人が抱く流血への生理的な嫌悪もなく、ただそこに至る歴史のみに関心している。 (さっきの男たちとは違う・・・覚悟と、高い誇りを持ってる) おそらくこの怪物は相当な数の人間を殺してきた。ヒーローとも思えないので大半は罪なきひとたちをだ。 しかし、それでもプレデターの強さそのものに比呂美の感情は憧れを抑えられなかった。 カルルルルゥゥ・・・カチッカチッ マスクの下で牙を打ち鳴らすプレデター。別にお喋りが目的ではない。 ただ、ふとした奇縁で見つけた誇り高い戦士に尊敬の証を示そうと思って姿を現したのだ。 この広大な宇宙、遠大な時間のなかで巡り合った逢瀬に微かな未練もあるが、そう暇でもないので切り上げることにする。 「これは・・・弾、ですか?」 懐からライフル弾を取り出し、比呂美の前に差し出すプレデター。 先日の戦闘で自分に深手を負わせた大事な一発だ。持ち帰って装飾品の一つにするつもりだったが、ふと彼女に貰って欲しくなった。 「あ・・・ありがとうございます」 一瞬、おまえの頭にコレをぶち込むぞ、という物騒な(この場ではまんざらシャレと思えない)ジェスチャーかと思ったが、 どうやら素直に贈呈品らしいし、断るのも怖いので頂いておく。 弾丸なんて持ってるだけでいろいろ面倒な気もするが、怪物の不気味なアクセサリーの数々を見ると一番まともに思えるし、 巨大な掌が繊細に扱って差し出す様を見ると、大切なもののようで少しばかり嬉しかった気もする。 ドシュッ 「・・・?」 プレデターの備える警戒装置が危険を発したときには、比呂美の顔は蛍光塗料に似た黄緑色の体液で濡れていた。 怪物の肩からそれは吹き出ていた。狙撃されたのだ。 「ヴオオオオオオオ!!」 プレデターの怒声が闇に木霊する。眠っていた動物たちは慄いて一斉に逃げ出す。 瞬時に迷彩装置が働き、虚空に溶け込むと、赤いレーザーが付近一帯をスキャンする。 熱源こそ感じなかったが、遥か彼方で微かに人影が身じろいだのを逃さない。 シュバァッ!! 肩に備えたプラズマキャノンが吼えると、そこから数百メートルを離れた茂みが青白く光った。 比呂美の目には届かなかったが、茂みにいた兵士にバスケットボール大の穴が開くのをプレデターは確認する。 「・・・何なの?」 一瞬のタメの後、離脱のためプレデターが鳥のように跳躍した。象も沈黙させる強力な麻酔弾を食らっていたが意に介さない。 その美しさにしばし比呂美は口を開けたまま呆ける。 が、突如プレデターは空中でもがくと、真っ逆さまに地上に激突して転がる。 ドグァッ!!ゴロゴロゴロ・・・ 「クアアアアアッ?」 見ればプレデターの全身を時価数億にも上る強靭なアラミド繊維の網が捕らえ、無数の鉤針が刺して、囚人のようにガッチリと逃さない。 バリバリバリバリ! すぐさま網に仕掛けられたバッテリーが黄色い高圧電流を放出し、プレデターの厚い肌から火が噴出す。 ステーキのような焦げた匂いと、熱気が立ち込め、されるがままプレデターは目覚まし時計のように震えていたが、やがて動かなくなる。 「ひどい・・・・・・、!!?」 それを待っていたかのように、カッと真夏の太陽のような閃光が比呂美の網膜に降り注ぎ、目を潜めた。 「軍隊!?」 どこから現れたのか、明らかに近所では買えない装甲車や、分厚い黒塗りのトラック、轟音と疾風を散らすヘリコプター、 そしてテレビかゲームでしかみたことのない黒尽くめに重武装の男たちが蟲のように遠くから現れ、ワラワラと集まってくる。 比呂美には知る由もないが彼らは日系企業、ユタニ社の非公式部門、 異星人の捕獲に何十年も費やしているプロジェクトの実行部隊だった。 世界中の軍事関連施設、地域に網を張り、富山駐屯地が急襲された数分後には動き出し、そこいら中を張っていたのだ。 地面に転がったプレデターは水をかけた炭のようにシューシューと煙を立てながら、マネキンのように転がってた。 さきほどまでの生命力は微塵もなく、もはや息をしているかさえ怪しい。 「はっ、はっ、はっ、はっ、はっ!」 一方、比呂美は過呼吸にないそうなほどだった。 全身の血が逆流し、冷や汗が滝のように吹き出て止まらない。しかし腰をぬかし、尻餅をつきながらもなんとか状況を読み解く。 分かったのは‘関係ない‘である。 物騒な怪物と、物騒な集団。全く縁のない世界ではないか。 映画や漫画で夢想するだけのこの世の底の底、自分のいる周囲には生涯関わりのない世界の裏の裏に迷い込んでしまったのだ。 何故怪物が現れたとき、女の子らしく逃げ出さなかったのか。 朋世ならそうしたに違いない。こんな真似はどうせ石動乃絵の専売特許だった筈なのに、いつから同じワゴンに並んだのやら。 いや、不覚ながら現在は一馬身ほど自分がリードしてる始末だ。 気がついたら比呂美は自分から両手を上げ、地面に膝と頭をついて無抵抗をアピールする。 最悪の想像が総集編のようにオンパレードで頭を駆け巡るなか、震えながら目を閉じてとにかく次の事態をじっと待つしかない。 (眞一郎くん!眞一郎くん!眞一郎くん!眞一郎くん!眞一郎くん!) 意味も忘れたままに、愛しいらしい単語を呪文のように念じていた。 眼前の丸焦げ怪獣ステーキの仲間いりなど絶対にごめんである。いっそあのままホテルでレイプされていればどれほどマシだったか。 自分で作った散乱する死体たちが立ち上がってはくれまいかなどと、考えてしまう。 つづく truetearsVSプレデター2
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true tears SS第十二弾 明るい場所に 「まずはメガネの話をしよう」 比呂美が仲上家を出て行ったという事実を、眞一郎は受け入れる。 思考をまとめるために、比呂美の部屋で比呂美のいた場所に立ってみる。 ほんの少しでもわかり合いたくて。 新たな決意をしてふたりの思い出の場所に向う。 第十一話の内容を予想するものではありません。 石動純は登場しませんが、展開上、名前は出てきます。 眞一郎応援記念に描いてみました。 前作より前の出来事です。 true tears SS第十一弾 ふたりの竹林の先には 「やっと見つけてくれたね」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4523.txt.html 以前に書き込んだ第十話の眞一郎部屋と比呂美部屋の台詞の修正版を、 最後に収録してあります。 もう何もないに等しい比呂美がいた部屋。 初めて入ったときの緊張感は残されていない。 そうであっても比呂美がいた事実は変わらないはずだ。 あいつのことを話したら、比呂美に怒られたこともあった。 『でもここにくれば眞一郎くんが見つけてくれる。 きっと明るい場所に戻って行けるって』 あのとき、比呂美は俺が見つけてくれたと喜んでいたのかもしれない。 最初は驚いた顔をしていたけれど、穏やかに部屋の中に入れてくれていた。 『そんなことを言うためにこの部屋に来たの?』 そうだよな、比呂美はあいつの話をして欲しくなかった? 俺は比呂美の好みではないと思っていたが、比呂美のために伝えようとした。 いけすかない男であっても女子から人気があるはずだ。 実際にクラスの女子からも羨ましがられていた。 『私、同じ家にいてぜんぜん眞一郎くんのこと知らなかったかもしれない』 俺もそうだ。 比呂美のことをあまり知らない。 引越しを手伝いながら比呂美の私物を確認していた。 所有する書籍やCDや家財などをだ。 比呂美は俺が絵を描いていることも知らなかったようだ。 話したこともなかったし、まだ見せられるほどのものではない。 あの比呂美の逃避行の後に、雷轟丸の絵本と平行して続きを描こうとしていた。 それにしても容易にあの絵を見つけられたな。 まさか、俺のいない間に入ったことがあったりして? さすがに、ない……。 俺は首を振ってみる。 『僕の中の君はいつも泣いていて、君の涙を僕は拭いたいと思う』 比呂美が朗読する声は澄んでいて理想的だった。 それからしばらく見つめていた。 『はは……、それ』 俺は照れ臭くて白状しようとしていた。 「比呂美のことだ」 かすかに口から洩らしてみた。 比呂美が目の前にいても、うまく伝えられそうにはなかった。 『きれいな絵。こんな絵、書けるのね、眞一郎くん』 『私、同じ家にいてぜんぜん眞一郎くんのこと知らなかったかもしれない』 もしかして比呂美は俺が言うまでもなく気づいたのかもしれない。 文章と涙と長髪の女性。 その三点を結びつけれれば、できなくはない。 もともと創作活動は身の回りのものから発想する。 俺だってそうだが、俺は逆にそうしかできないかもしれない。 比呂美を守ってあげたくて、空想の世界だけでも救おうとしていた。 『でも……今はもう(涙)、望んじゃいけないことだから』 薄っすらと涙を浮かべる比呂美に声を掛けてあげたかった。 『比呂美、俺……』 俺は何と繋げようとしていたのかを把握できていなかった。 『行くわ』 比呂美が俺に一言を残して去って行った。 俺は固まってしまったが、比呂美の椅子に座って考えた。 比呂美にしてあげられることをだ。 『君の涙を僕は拭いたいと思う』 比呂美が朗読した俺の絵本にあった台詞だけを、頭に思い浮かべていた。 上着を着て、自転車で比呂美を乗せたトラックを追い駆けた。 それ以外は何も考えてはいなかった。 俺は自転車を滑らせてしまったが、比呂美が駆けつけてくれた。 ころんでしまった比呂美を俺は庇った。 本当に不揃いな形で身体を重ねていた。 『全部ちゃんとするから』 俺は具体的に言わなかった。 比呂美は俺が乃絵と好き合っているから去ったかもしれないし、 他の理由があるかもしれないからだ。 たとえば仲上家を守るために、以前の状態に戻したとか。 それとも自立をしたくて、最初からやり直そうとしたとか。 それからは言葉を少なくして、比呂美のアパートで引越しの手伝いをしていた。 しばらくして紅茶を飲んでから帰宅した。 家にいた三人には服装や怪我などを心配されながら、比呂美の様子を訊かれた。 さすがに比呂美と公道で身体を重ねたことは伏せておいた。 「俺はこれから何をすればいい?」 誰もいない宙に訊いた。 比呂美のためと言われても何かを断定できずにはいる。 重大なのは乃絵のことだが、雷轟丸の絵本を渡して不機嫌な顔をされただけだ。 とても別れ話ができる状況ではない。 それに比呂美にはあいつがいる。 今はどういう関係なのかをはっきりと知らない。 そういえばあいつとはあのバイク事故の夜から会ってない。 比呂美はあいつのことをどう思っているのかも不明だ。 逃避行でバイクに乗せてもらうほどに信頼をしてる? さすがにないだろうが、俺に嫉妬させようと付き合ってる? 俺のように比呂美のためを思って、乃絵と付き合っていた交換条件のため? はっきりとどれとは言い切れずにいる。 それにあいつが好きであるのを比呂美から聞かされている。 昔話のときのように嘘をついて言い逃れるくせが、比呂美にはある? 俺は比呂美が嘘をつけると思いたくなかった。 そういえばあいつの話をするときには雄弁だった。 今はもう関係ない。 乃絵と別れて比呂美に告白しよう。 比呂美があいつを選ぶかもしれないが、それでも俺には悔いがない。 昔話やあの抱擁や自転車での疾走でも、比呂美は嫌な顔をしなかった。 まったく可能性がないわけではなさそうだ。 あの自転車での疾走で迷いを断って全力を尽くす覚悟を決めている。 俺は比呂美の顔を浮かべた。 今日、登校したときには、なぜか黒縁のメガネを掛けていた。 クラスの女子が話しているのを聞いていたが、コンタクトが破れたらしい。 俺は比呂美の視力が悪いのさえも知らなかった。 「まずはメガネの話をしよう」 俺は口にしてしまった。 いきなり堅苦しい話をする必要はない。 学校にいるときはずっと笑顔だったし、訊かれても困らないだろう。 俺はあのふたりの思い出の場所である竹林に向おう。 うまくゆけば比呂美と会えるかもしれないし、 会えなくても比呂美のアパートに行ってみよう。 学校では俺たちは有名になりすぎているし、話しにくい内容もある。 特に比呂美が一人暮らしをする理由は配慮されている。 仲上家との折り合いが悪くなっているのではなくて、 比呂美が自立を望んで行っているとされている。 たとえ俺が知らない真相があろうとも確かめてみたい。 だが考えを改める。 「俺は比呂美と気軽に話してみたい」 比呂美が仲上家に来たときに思っていたことだ。 両親がいなくなって比呂美は表情を消していた。 学校では明るくても仲上家では。 『ううん(首を振りながら)。ときどきは嬉しいこともあったわ』 俺は少しずつ打ち解けてはいて、たまに廊下で雑談はできるようになった。 それなのに一年前の今の時期くらいだったか、俺から距離を置くようになった。 「もしかしてあの頃に……」 比呂美は母さんに俺がお兄さんであることを吹き込まれたのかもしれない。 もう終わったことだ。 母さんを恨むのをやめよう。 最近では比呂美を実の娘のように扱うようになっている。 『言っちゃった……』 比呂美が俺に疑惑を教えてくれたときの台詞だ。 何かを託していたかもしれない。 だが俺は乃絵と付き合ってしまった。 『でも……今はもう(涙)、望んじゃいけないことだから』 それでも比呂美は俺に望んでくれているかもしれない。 だったら余計なことを考えずに比呂美と向き合おう。 もう一度だけ、部屋を見回す。 比呂美がいるのを思いながらだ。 今はいなくてもいつか戻って来てくれるのを信じて。 俺は比呂美の部屋を後にする。 今度、入るのは比呂美がいるときにだ。 まずはあの幼い夏祭りの思い出の場所である竹林に行こう。 (続く) あとがき 眞一郎がいつ比呂美の純への嘘を見抜いたかには、いくつもの解釈が存在します。 眞一郎は比呂美の言葉を真に受けてしまいます。 比呂美があの幼い頃の夏祭を覚えていないというなら、疑おうとしません。 ならば比呂美の純への想いを否定しようとはしないかもしれません。 それでも比呂美が純と付き合っていようとも、眞一郎は比呂美と向き合おうとします。 第十一話で比呂美が純と別れたことを、眞一郎に告げる展開はあるかもしれません。 十二話以降かもしれませんし、今後ともないかもしれません。 個人的には比呂美が身辺整理をしているのを、眞一郎に伝えようとすると思っています。 ただ待っているだけで、一人暮らしをするほどの覚悟はないでしょう。 第三者の介入に、乃絵や純によって明かされるかもしれません。 これから比呂美の大人のアプローチがどういうものか楽しみです。 SSとしては前作の続きとして考えています。 今後の予定ですが、第十一話にありそうなエピソードを描いていこうと思います。 細切れになろうとも、時間の許す限りは書ければと思っています。 予告と映像を踏まえたささやかな登場人物たちの遣り取りです。 妄想重視なので、まったく正否は気にしておりません。 本編に出て来た伏線を回収してみたいなと思います。 アニメという都合上、本編に入れ切れていないものがありそうです。 ご精読ありがとうございました。 前作 true tears SS第一弾 踊り場の若人衆 ttp //www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up30957.txt.html true tears SS第二弾 乃絵、襲来 「やっちゃった……」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4171.txt.html true tears SS第三弾 純の真心の想像力 比呂美逃避行前編 「あんた、愛されているぜ、かなり」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4286.txt.html true tears SS第四弾 眞一郎母の戸惑い 比呂美逃避行後編 「私なら十日あれば充分」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4308.txt.html true tears SS第五弾 眞一郎父の愛娘 比呂美逃避行番外編 「それ、俺だけがやらねばならないのか?」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4336.txt.html true tears SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問 「私がそうしたいだけだから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html true tears SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家 「俺も決めたから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html true tears SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅 「それ以上は言わないで」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4428.txt.html true tears SS第十弾 比呂美の停学 後後編 眞一郎とのすれ違い 「全部ちゃんとするから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4464.txt.html 第十話 台詞集 眞一郎部屋 「私、この家を出るの。 他人の家で暮らすのが辛ければ、知り合いのアパートにって。 でも私、この家に来たかったから」 「だったら今更、引っ越さなくても。 一人暮らしって物騒だし……」 「へえ、こんなもの書いていたんだ。 僕の中の君はいつも泣いていて、 君の涙を僕は拭いたいと思う」 「はは……、それ」 「きれいな絵。こんな絵、書けるのね、眞一郎くん」 「やっぱり良くないよ。一人暮らしなんて」 「私、同じ家にいてぜんぜん眞一郎くんのこと知らなかったかもしれない」 「考え直すことできないのか?」 「決めたの、そうするって」 「そうか……」 「さあ、飛ぶぞ。 雷轟丸はそう思いましたが、そのときお腹がぐっとなります。 やめておくことにしました。 明日、またお腹いっぱい餌を食べた後、空を飛ぶことにしました。 比呂美がこの家からいなくなる。 結局、俺は何もできなかくて、それどころか まわりのみんなを巻き込んで傷つけることばかりで。 拭った頬の柔らかい感覚を僕は知らなくて」 「日曜日、引越しだから」 「急だな」 「うん、ちょうど空きがあったって」 「手伝うよ、引越し」 「うん」 比呂美部屋 「後、運ぶのは?」 「もうこれで終わり」 「どうかしたの?」 「思い出していたの。ここに来たときのこと。 「そのときもこんなふうにガランとしていたから」 「あまり良い思い出ないよな」 「ううん(首を振りながら)。ときどきは嬉しいこともあったわ」 「……」 「小さい頃、お祭、行ったよね」 「は……」 「私が下駄を無くしたのを見て、眞一郎くんも下駄片方だけで歩いて」 「覚えていないって」 「え……?」 「こないだ覚えていないって言った」 「忘れるわけないじゃない。あんな思い出。 「お祭が楽しくて、はぐれて悲しくて、寂しくて。 見つけてくれて、一緒に片足で歩いてくれて、嬉しくて。 だから私、この家に来たの。 両親をなくして、一人ぼっちで。 でもここにくれば眞一郎くんが見つけてくれる。 きっと明るい場所に戻って行けるって。 でも……今はもう(涙)、望んじゃいけないことだから」 「比呂美、俺……」 「行くわ」
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true tears SS第九弾 比呂美の停学 後前編 純との決別 「交換条件はどうでもいい」 停学中の比呂美は、眞一郎が帰宅してから石動家に赴く。 純と再会してバイク事故の謝罪と弁償をしようとする。 純から新たな提案を持ち掛けられて、比呂美は判断を保留する。 眞一郎からの想いが不確実なものへと変わりつつある。 第十話の内容を予想するものではありません。 与えられた情報から構成してみました。 眞一郎とのすれ違いである後後編を、第十話放映までに描きたいと思います。 できるだけ明るい展開を心掛けてはいます。 前作の続編です。 true tears SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問 「私がそうしたいだけだから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html true tears SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家 「俺も決めたから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html true tears SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅 「それ以上は言わないで」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4428.txt.html 『行って来るね』 短いメールを眞一郎くんに送った。 眞一郎くんは自室の窓から、顔を見せてくれる。 『結果を待っている』 メールでも返してくれた。 きっと永久に消すことのないメールになるだろう。 あの逃避行のときには夢中で走った道のりを歩いて行く。 石動家に到着して呼び鈴を鳴らす。 出て来た四番に驚かれる。 「あんたから来てくれるとはな」 四番とはあまり連絡をしていなかった。 お互いの身体を心配し合うメールの遣り取りだけだった。 今日も事前に伝えずにいた。 「バイク事故のこと、申し訳ありませんでした」 私は深々と頭を下げた。 「他人行儀だな。運転していたのは俺だから、そこまでしなくてもいいのだが」 「事故後に謝罪はしていなかったから。混乱していてどうでもいいことばかり言っていたし」 「そんなもんだろ。お互いに無事で良かった」 四番は笑みを浮かべてくれている。 「弁償はおじさんが払ってくれることになっているわ。 私の両親の遺産からも出そうかなとも考えているの」 私の判断に四番は顔を顰める。 「急な話だから保留させてくれ。さすがに全額とまではいかないし、折半とか。 俺にも意地があるから、請求しないかもしれない。 あんたのおじさんたちと今回のことで話し合うべきかもしれないな」 「そういうことになるの、やはり……」 できれば四番をおじさんたちに会わせたくはない。 せっかくうまくゆきかけている状況を変えたくないからだ。 「謝罪しなければいけないのは、こちらかもしれない。 仲上家のことはよくわからないが、大事な娘を事故に遭わせたのだからな」 「私がバイクに乗せてと頼んだのだから、おじさんたちは、あなたを責めないわ」 私にはバイクの運転手の責任問題についてはわからない。 ただ事実から解釈して穏便に済ませようとする。 「よくできたおじさんたちだな。 何か言ってくるかもと考えていたのだが。 捜索願を出していたようだから、かなり心配していたようだな」 「いろいろあったからね、帰宅後に」 誰にも話していないというか、停学中だから会っていない。 今、学校にいる時間外であっても、四番と会っているのはまずいかもしれない。 私はできるだけ早くあらゆる結果を出しておきたい。 「あいつとはどうなったんだ?」 四番は表情を消して訊いてきた。 「私たち、別れましょう」 私はすべてを明かさずに答えた。 「あいつと何かを話したのか?」 四番は目を細めて窺ってくる。 「具体的にはまだだけれど、私はあなたと別れると伝えている。 眞一郎くんも石動乃絵と別れようとしているわ」 私の発言には、さすがの四番も焦りが滲んでいる。 「そこまで合わせてくるとはな。あの抱擁が利いたのか?」 「そうかもしれないわね」 否定せずに肯定した。 私自身はまだ確認できていないが、きっかけにはなっているはずだ。 私を乗せたバイクをタクシーで追い駆けて来て、 事故に遭遇した私を眞一郎くんが抱き締めてくれた。 状況が把握できていない私は、眞一郎くんに怒られると思っていたのにだ。 その後に私は正常の状態に戻れた。 「そういうものか。 俺があいつの立場なら、同じことをしていたし、乃絵は俺に抱き付いていたが」 四番は平然と語ったので、私の思考の根底から崩されてしまった。 「何でそうなるの。眞一郎くんが私を想って……」 あのとき、私は眞一郎くんしか見えていなかった。 「俺にはあんたたちの関係がわからないからな。 あの後に仲良くなれるくらいなら、今まで何をやっていたのかと言いたくなる」 四番は頬を膨らませていた。 「私にもわからないところがあるからね」 「別れても構わないが、あいつが乃絵を振れると思えないが」 四番なりに最大の難所を読めている。 「石動乃絵に交換条件を話しているの?」 私の発言に四番は左手を握り締めてきた。 「それだけはやめてくれ。乃絵はそういうものが嫌いだ。 せっかく家族以外の他人であるあいつに、心を開いているのを閉ざしてしまう」 四番の苦悩が掴まれた左手から伝わってくる。 「私だってそういうことをしたくないわ。 でも眞一郎くんが乃絵と別れられないなら、私が引導を渡すしかないでしょ。 私の手を汚してまでもね」 四番から左手を振り払った。 「そこまでするのか。あいつのために」 「もともとこうなったのは私のせいだから。 親友から追及されて、眞一郎くんのことが好きなのをかわすために、 あなたの名前を出したわ。 それを眞一郎くんにたまたま聞かれてしまったの」 もう隠す事無く打ち明けた。 四番も巻き込んでしまった私の罪。 「だからあいつは俺が乃絵と付き合うように言ったときに、あんたの名前を出したのか」 「そのようね。私も否定する機会を失っていたわ」 「あんたも何をやっていたんだ、今まで。 あいつばかりを責められないな。 もう怒る気力を無くしている。 本来ならあんたは俺の彼女なんだから、 俺の目の前で抱き付いたことで、あいつを責めようと考えていたんだ」 四番は肩の力を抜いていて、呆れ返っている。 「眞一郎くんは私の初恋。 十年以上も想い続けていて結果が出ていないの」 何でこんなことまで話してしまうのだろう。 「だから今まで大切にしていて動こうとしなかったのか、納得した」 「さらに石動乃絵のように幼い頃の思い出があって克服しようとしているわ」 あの夏祭りで塞ぎ込んでしまった私をだ。 「そっか、実るといいな、初恋。 影ながら応援させてもらおう。 何かあったら相談にも乗ってやる」 四番は疑いようのない瞳を向けてくる。 「ありがとう、がんばるね」 私は感謝を示した。 「一旦、俺たちは別れるか」 「一旦……」 「交換条件はどうでもいい。 もしあいつとうまくいかなかったら、俺が交際を申し込もうと考えている。 今までは交換条件を盾にしていたが、やめる」 さきほどと変わらない本気の眼差しだ。 「あんなことされたのに、よく言えるわね」 どう対処すべきかわからなくなった。 「バイクは故障したが、ふたりとも無事だったから、問題ない。 あんたと付き合っているとおもしろそうだ。 俺のゲームに口を出すし、シスコンと罵るからな。 今まで乃絵しか見ていなかったから、あんたが新鮮なんだ」 悪ふざけはしていないようだ。 「気持ちだけは受け取っておくね」 「あんたがあいつと仲睦まじくしてくれれば、俺は諦められる。 いつか四人が集まって話し合いたい。 あんたたちの複雑な関係を話の種にな」 懐が広いのか、そこまで考えられる余裕は私にはなかった。 石動乃絵に勝とうとしか思っていない。 眞一郎くんには無理をさせなくても、私は汚れ役にもなる覚悟がある。 今まで私がしてきた行為への終止符を打つためにだ。 「雪が解けるようにかな?」 私は空を見上げる。 「今も雪が嫌いなのか?」 「そんなことはないわ。今はいいことのほうが多いから」 おばさんに兄妹疑惑を教えられたときの雪はなくなった。 アイスクリームで少しだけ仲良くなれたから。 「バイクのことは考えておく」 「あなたの好きにして構わないわ。 それだけのことを得られたから」 私は満足して述べた。金銭には及ばないものが私にはある。 「あんたが俺のところに来てくれたのは嬉しかった。 あんたが俺と付き合っていたのが、あいつへの当て付けであっても楽しかった」 懐が大きすぎて私にはもったいない男の人だと思う。 「あなたが何をしたいのかわからなかったわ、結局」 「乃絵のためでもありながら、俺自身も変化を求めていた。 もう少しあんたと付き合えれば、俺の初恋はあんただったかもしれない。 近くにいすぎて触れ合えない相手がいる似た者同士だから、長続きしそうだったのにな。 俺は始まりが交換条件だったとしても、終わりが良ければいいと思っていた」 柔らかく包み込んでくれるような笑顔だ。 眞一郎くんが私の心を占有していなければ、惹かれていたかもしれない。 いくつもの四番の姿を見られただけでも、私の思い出に加えられる。 「そろそろ帰るわ」 「せめて結果は報告してくれよ」 「わかっているわ。いつか四人で会えるといいね」 私は優美な微笑になるように心掛けた。 その姿を見てから、石動純は家の中に戻った。 今まで番号としかみなしていなかった存在が変わった瞬間だ。 これからの行動次第では四人の関係は崩されるだろう。 そうならないように、できる限り尽くすつもりだ。 誰からも祝福されない付き合いを眞一郎くんとしたくはない。 私は仲上家に向けて歩み出す。 帰りのほうが気分が重くなっている。 まずは眞一郎くんに報告をしなければならないからだ。 (続く) あとがき タイトルに偽りがありますね。 まったく決別をしておりません。 乃絵にタコさんウインナーを食わされるかは微妙ですが。 比呂美と純との間で求められるものが、愛情から友情へと変わってゆきそうです。 純が本編でどう扱われるかが気掛かりです。 第十話で比呂美から別れられて、出番がなくならないことを期待しています。 ただの当て付けにならずに役割を与えられて欲しい。 そういえばネタバレ的な雑誌のあらすじが投下されていますね。 あまり気にすることなく描いてゆこうと思っています。 次回は後後編である眞一郎とのすれ違いです。 できれば明日の第十話放映前までに投下できればと目標にしています。 恋愛に積極的な比呂美を描くのは最後になるかもしれません。 ご精読ありがとうございました。 前作 true tears SS第一弾 踊り場の若人衆 ttp //www.katsakuri.sakura.ne.jp/src/up30957.txt.html true tears SS第二弾 乃絵、襲来 「やっちゃった……」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4171.txt.html true tears SS第三弾 純の真心の想像力 比呂美逃避行前編 「あんた、愛されているぜ、かなり」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4286.txt.html true tears SS第四弾 眞一郎母の戸惑い 比呂美逃避行後編 「私なら十日あれば充分」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4308.txt.html true tears SS第五弾 眞一郎父の愛娘 比呂美逃避行番外編 「それ、俺だけがやらねばならないのか?」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4336.txt.html true tears SS第六弾 比呂美の眞一郎部屋訪問 「私がそうしたいだけだから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4366.txt.html true tears SS第七弾 比呂美の停学 前編 仲上家 「俺も決めたから」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4403.txt.html true tears SS第八弾 比呂美の停学 中編 眞一郎帰宅 「それ以上は言わないで」 ttp //www7.axfc.net/uploader/93/so/File_4428.txt.html